[←前頁] [RED文庫] [「神々の遺産」目次] [新・読書感想文] [次頁→]
魔人と怪人は、戦いを邪魔されない集落の外れで、一騎打ちを演じていた。
──いや、その対決を見た者には、奇妙なことにウィル一人の姿しか映らなかった。
「………」
ウィルは素手のまま、異空間に身を隠したソロの出現を待っていた。
その頭上より、突如、迫る刃!
ソロの仕業だ。
ウィルはすんでのところで、後ろに跳ぶようにしてかわした。
が、今度はその背後に凶刃が現れる。空間移動中のソロのスピードはウィルでも及ばぬほどだ。
上かと思えば、次には後ろ。
どんなに鋭敏な反射神経の持ち主でも、この連続攻撃をかわせる者はいない。
──ただ一人を除いて。
ウィルはそれをやってのけた。身体を回転させるようにして、ソロの攻撃を回避する。
まるで見る者すべてを魅了するダンスを、一人で舞っているかのようだった。
ウィルは舞い続けた。ソロの攻撃をかわしながら。
攻撃を続けるソロの胸中はどうだっただろう。恐らくは驚嘆を超越して、戦慄していたに違いない。こんな芸当を易々とやってのける人間がこの世にいるとは思えなかった。
「き、貴様……!」
異形の力を使い続けたソロは疲弊し、ようやくウィルの前に全身を現した。憎悪に満ちた眼でウィルをねめつける。
だが、そんな視線もウィルは何ら変わることのない怜悧な表情で受け止めていた。
「お前の技は見切った」
「なんだと?」
ウィルの言葉に、ソロは耳を疑った。空間移動を見切っていると、この美しき吟遊詩人は言っているのか。
「ハッタリはよせ! 見切れるわけがねえ!」
ウィルに向かって吠えながらも、ソロは額の脂汗を拭うこともできなかった。
ウィルの視線がソロを射抜く。
「こうしてオレが無事なのが証拠だ」
ソロも攻撃しながら、もしかしたら、とは考えていた。だが、そんなことが本当に可能なのだろうか。
「お前が消える瞬間と現れる瞬間に、わずかながら空間に歪みが生じる。それを見逃さなければ簡単なことだ。武器を繰り出すときのスピードは、空間移動するときとは違って普通のスピードになる。かわせないほどではない」
ウィルが言うように、実際は簡単ではないだろう。まず、常人に空間の歪みを察知できるような超感覚はない。仮に空間の歪みを見つけられたとしても、それに反応して回避するなど不可能だ。
吟遊詩人ウィル。まさに底知れぬ恐ろしさを持った魔人なり。
ソロは攻撃の手段を失い、立ちつくした。ウィルの言葉をハッタリだと信じて攻撃を続けるべきか、それとも尻尾を巻いて遁走するか。
だが、今度はウィルの方から動いた。
「こっちの番だな」
ウィルが手にしたのは、《光の短剣》ではなく、《銀の竪琴》だった。
「また、まやかしか!」
ソロは地下回廊での戦いを思い出し、ウィルの演奏を警戒した。
ウィルは《銀の竪琴》をかき鳴らした。
その音色を聞く前にと、ソロは異空間に身を隠した。異空間ならば、通常空間の音は聞こえてこない。
異空間の中で、ソロはホッと一安心した。さすがのウィルも魔法を使えない状態では、異空間にいるソロにまで手出しは出来まい。
ところが、そんなソロに異変が起こった。聞こえないはずの異空間で、弦の音が聞こえてくる。
「バカな!」
ソロはウィルの演奏を聴く前に異空間へ身を隠したはずだ。聴いたとしても、一小節にも満たぬはず。ところが、その音が繰り返し、繰り返し、頭の中で響いてくる。それも音は徐々に大きくなって。
「うあああああっ!」
やがて、音は耐えられぬほど大きなものになった。頭が割れそうになる。
ソロはたまらず、異空間から抜け出した。
そこには先程と変わらぬ姿勢で演奏を続けるウィルが待ちかまえていた。《銀の竪琴》から指を離す。
「どうやらオレの曲、聞こえたようだな」
ウィルが演奏をやめても、ソロの頭の中の音楽はやまなかった。いや、もう音楽などではない。一定の音が何度も繰り返されているだけだ。
「ま、まやかし……か……」
ソロは言葉を絞り出すようにしたが、あまりの激痛に地面に這いつくばった。
ウィルは首を横に振る。
「この曲はまやかしなどではない。旋律を少しでも聴けば、永久に頭の中に残る曲だ。“リフレイン”という」
ウィルの武器は魔法と《光の短剣》だけにあらず。《銀の竪琴》によって奏でられる曲もまた不思議な力を持っていた。
ウィルは苦しむソロに対して背を向けた。
「ど……どこへ行く……」
「もう、お前は戦えない。これ以上、お前といる理由はないだろう」
「殺せ……」
「お前には死ぬよりもつらい苦しみこそふさわしい」
ウィルは冷徹に言い放つと、まだバリケードでの攻防が続く戦場へと戻っていった。
「く、くそ……このまま……このまま終わるかってんだよ!」
ソロは苦しげに言葉を吐き出すと、静かに地中へと埋没していった。