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[第二十六章/− −5−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十六章 呪われし帰還者(5)


「ぐはっ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
 領主の城の自室で、ベッドに寝ながらグラハムの死体を操っていたカシオスは、突然、手応えがなくなって、精神集中で閉じていた眼をカッと見開いた。
 それに驚いたのは、カシオスの傍らに付き添いながら顔や身体の汗を拭いていたサリーレである。カシオスの身に何かあったのかと疑った。
「どうしたの、カシオス?」
 しばらく、カシオスは息をつぐのに精一杯という感じであったが、じきにいつもの様子を取り戻した。
「オレにも分からん……だが、一瞬にして操っていた死体が消し飛んだ」
「もしかして、ウィルの仕業?」
「いや、感知できなかったが……。あの男ならば、オレに感知されることなく近づくことも可能だろうが、今回は別のヤツの仕業に思える。だが、そんな力を持つヤツがあの場にいたとは……」
 カシオスは考え込むように言葉を呑み込んだ。
 サリーレは気になることを訊いてみた。
「それより、デイビッドはどうしたの?」
 カシオスがデイビッドの息の根を止める一歩手前までいっていたのは、サリーレにも分かっていた。
 だが、その問いにもカシオスはかぶりを振った。
「思い切り首を締めてやった。殺すつもりでな。しかし、それで死んだかどうかまでは分からん。確かめるところまでいかなかった」
「そう……」
 そこまで会話したところで、サリーレは部屋の外が騒がしいことに気づいた。カシオスに断って、廊下に出てみる。ちょうどそこへマインがやって来るところだった。
「ここにいたか、サリーレ! 大変なことになったぜ!」
 マインはそう言って、カシオスの部屋にまで押し入ろうとした。
 サリーレはそれを慌てて押しとどめようとする。マインと一緒のところをカシオスに見られたくなかったからだ。
 だが、マインは強引だった。
「サリーレ?」
「やめてよ。ここにはカシオスが寝ているのよ」
 そんな押し問答を察したのだろう、カシオスはベッドの上に起きあがった。
「サリーレ、構わん。入れろ」
 カシオスに言われては、サリーレも従うしかなかった。
 マインはサリーレを押しのけるようにして、カシオスの寝室に入ってきた。
「邪魔するぜ」
 マインは山賊団の頭領に遠慮することなどしなかった。むしろ、いつ殺せるかと隙を窺うくらいだ。
 しかし、カシオスはベッドの上に座っていながらも、その威厳は失っていなかった。
「マイン、何の騒ぎだ?」
 カシオスはマインに尋ねた。
 マインは面白くなったと言わんばかりに、
「驚くなよ。つい、今し方、王都軍が攻めてきたそうだ。数はおよそ三千」
 と報告した。
「三千!?」
 驚きの声を発したのはサリーレだ。無理もない。ノルノイ砦の騎士団でさえ五百。しかも王都から侵攻してきたとなれば、本格的な討伐軍だろう。
「どうする、カシオス?」
 サリーレはカシオスに指示を仰いだ。
「セルモアの城壁は、これまでも幾多の敵を撃退してきた。すぐにどうこうという話ではないだろう」
 カシオスはそう言ったが、このときすでに城門から王都軍が侵攻しているとは夢にも思っていなかったに違いない。すべてはカルルマン王子の策略によるものだった。
「マイン。兄貴は?」
「もちろん、出撃の準備をしている。だが、鉱山を攻めているときに来襲とはな。タイミングが悪すぎるぜ」
「そうだな。最悪、ドワーフたちと王都軍が迎合して、挟み撃ちにされることも考えられる」
 カシオスは思案した。サリーレもマインも、カシオスの次の言葉に注目する。
「──仕方ない。サリーレ、山賊団を指揮して、兄貴を補助してやってくれ。今、王都軍とまともにやり合うのはまずい」
「分かったわ」
 サリーレとマインはうなずくと、仲間を召集するために退出していった。


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