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[第二十六章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十六章 呪われし帰還者(3)


 坑道の中では、ドワーフの女子供を初め、デイビッドとキャロルたちも避難して、身を潜めていた。
 外からは微かに剣戟の音などが聞こえてくるが、今のところ、善戦しているようだ。総崩れとなれば、敵がこの穴に雪崩れ込んで来るに違いない。
 デイビッドは暗い坑道の中で、不安そうに震えていた。口からは小さな呻きのような声も漏れている。それをキャロルが励ますように背中をさすっていた。
 そんな二人の様子を見ながら、レイフはいつでも戦えるよう剣の柄に手を掛けていた。女ドワーフたちも手にシャベルや棒を持っていたが、斬り合いになったら戦力にはならないだろう。レイフ一人で防がなくてはならない。
 最悪の場合は、坑道の奥から通じている地下回廊に逃げる手筈になっている。もちろん、地下回廊内にはどんな罠が仕掛けられているか分からないので、素直に降伏した方が得策かも知れないが、デイビッドだけは敵の手に渡すわけにはいかない。多少の危険を承知で脱出するつもりだ。
 だが、それは本当に万が一の場合。外ではストーンフッドを初めとするドワーフたちとウィル、アイナ、キーツが戦っているのだ。ノルノイ砦の騎士団約五百騎が押し寄せようとも、簡単には屈しないであろう。
 仲間を信頼する一方で、レイフは元仲間であるノルノイ砦の騎士団を心配した。どう考えても、彼らはゴルバに利用されているだけだ。無謀な反乱に荷担すれば、ただでは済まない。その辺を騎士団長のマカリスターが考えてくれればいいのだが、当人が最初に口車に乗ったのだから望み薄である。あまり犠牲者が出ないうちに、この戦いを終わらせたかった。
「ワンワン!」
 いかに平和的に戦いを終わらせるかレイフが思案していると、足下の仔犬が坑道の入口に向かって吠え立てた。どうやら、誰かがこちらへやって来るらしい。
 敵の一人が突破して入り込んだかと、レイフは緊張して、鞘から剣を抜きはなった。
「誰だ?」
 レイフは誰何したが、返事はなかった。仔犬がなおも吠え立てる。
 人影が見えた。逆光なので人相までは分からなかったが、キーツくらいの体格がある。
 レイフは右手に剣を、左手に明かりとなるランタンを持って、侵入者に近寄った。
「! あなたは!?」
 ほのかな明かりに照らされた侵入者は、レイフの見知った人物だった。それはキャロルも同じで──
「神父様!」
 思わず、キャロルが立ち上がって、声を上げた。
 それは間違いなく、昨夜、領主の城に潜入して以来、消息を絶っていたグラハム神父だった。
 グラハム神父は負傷しているのか、歩き方はよろよろとしていた。見れば、身体のあちこちに血が付着している。顔色も悪そうだ。
「無事だったのですか?」
 レイフも剣を納め、グラハムに歩み寄る。だが、それよりも早く、レイフの脇を走り抜けて、キャロルがグラハムに抱きついた。
「神父様、お帰りなさい!」
 心底、嬉しそうに出迎えたキャロルだったが、その手を握った途端、凍りついた。恐る恐る、グラハムの顔を見上げる。
「手が……冷たい……」
 いきなり、グラハム神父の腕がキャロルの首に回された。レイフが止める間もない。その腕に力がこもった。
「何をするんです!?」
 再び剣をつかんで、レイフが問うた。
 仔犬は依然、グラハムに吠えかかる。デイビッドもまた、キャロルを心配して駆け寄ろうとするが、さすがにレイフに阻まれた。
「デイビッドを渡せ……」
 グラハム神父は喋った。しかしながら、声は確かに神父のものでありながら、くぐもった感じがする。レイフは訝った。
「グラハム殿?」
 するとグラハムは口も開かずに声を発した。
「今、この死体を通じて命じている……。デイビッドを渡せ……。さもないと、この娘の命はない……」
「し、死体だと?」
 驚愕の事実に一番ショックを受けたのはキャロルだ。生きて戻ってきたと思ったグラハムが、実は死んでいたとは。そして、その死体が歩いてきたというのも驚きだった。


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