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[第二十六章/− −4 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十六章 呪われし帰還者(4)


 カシオスの“死者のマリオネット”。
 遠く離れた領主の城にいながら、カシオスはデイビッドを奪いに、グラハムの死体を差し向けたのだった。
「さあ、早くしたまえ……」
「ダメです、レイフさん! デイビッド様を守って!」
 敵に捕らわれながらも、キャロルは叫んだ。途端にグラハムの腕に力がこもり、キャロルの首を絞める。
「うっ!」
 キャロルの表情は苦しそうだ。しかし、助けを求めるようなことはしない。
 レイフは迷った。キャロルを助けるべきか、デイビッドを守るべきか。どちらを選択しても、どちらかが犠牲になる。
 そのとき、白い仔犬が果敢にもキャロルの首を絞めようとするグラハムの腕に、飛びかかって噛みついた。
 もし、グラハムが生身の人間であれば、思わず腕の力を緩めただろう。だが、グラハムはすでに死んでいる。痛みなど感じない。
 グラハム神父の死体は、平然と仔犬の為すがままにした。
「あまり待たせないでもらおうか……。こちらとしてはデイビッドを殺してもいいんだ……」
 そう言うや否や、グラハム神父の口が開いた。するとそこから無数の髪の毛が吐き出され、それは生き物のようにデイビッドの首に巻きついた。
「やめろ!」
 レイフは髪の毛を斬り捨てようと剣を振るったが、髪の毛は鋼のように強靱で、攻撃を跳ね返してしまった。
「バカな!」
 レイフは信じられないと言う表情で髪の毛を見つめた。
「オレの髪の毛が、そんなナマクラで斬れるものか……」
 すかさず、レイフにも髪の毛が伸びた。そして全身を拘束してしまう。
 レイフの脳裏に、街の入口での屈辱が浮かんだ。
 デイビッドとレイフが目の前で苦しんでいるのを見て、キャロルの目から涙がこぼれた。自分が不用意にグラハムに近づくんじゃなかったと後悔する。
「やめて……もう、やめて……」
 死者の口から伸びた髪の毛が首を絞めるという異様な光景を見て、レイフの背後にいるドワーフの母子たちも手出しできなかった。恐れおののくのが普通の神経である。
 狭い坑道の中、誰も助けは来ない。
「死ね、デイビッド……。オレたち兄弟の恨みを思い知れ……!」
 デイビッドはさらに強い力で首を絞められ、もがき苦しんだ。だが、カシオスの髪の毛から逃れることは出来ない。顔色は赤から紫色に変色していった。このままでは死んでしまう。
「やめて……やめて……やめて……」
 キャロルは呪文のように呟き続けた。肉体を操られているとは言え、大好きだったグラハムがデイビッドを殺そうとしているなんて。こんな風に利用されて、グラハムの魂は天国へ行けるのだろうか。
 行けるはずがない。
 止めなくてはいけない。
 だが、キャロルには力がなかった。
 今ほど、力を欲したことはなかった。
 ──神様!
 キャロルは祈った。
「で、デイビッド様ぁぁぁっ……」
 身動きできないレイフは、デイビッドの死に行く様を直視して、慟哭した。
 仔犬も必死に食らいつくが、効果なし。
 カシオスは勝ち誇ったように笑い声を漏らした。
 そのとき──
 暗い坑道の中が、見る間に明るくなり始めた。
 光が生まれる。
「もう、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 キャロルの絶叫。
 と共に、光が強烈に弾けた。
「うわっ!」
「な、何事だ!?」
 レイフもカシオスも、突然の出来事に驚愕の声を上げた。
 世界が光に呑み込まれる──
 ───。
 つむった目を恐る恐る開けると、光は消え、坑道は暗がりを取り戻していた。
 そこでレイフが見たのは、仔犬を抱いたまま立ち尽くしているキャロルの姿。
 グラハム神父の死体の姿はどこにもなかった。
「いったい……」
 レイフは自分の身体も自由に動くことに気づき、思わず呟いた。
 まるで奇跡が起きたようだった。
「奇跡……」
 その言葉に、レイフはハッとした。
 あの光こそ、神の奇跡だったのではないかと。
 そして、それを呼び覚ましたのは──
「キャロル……キミが……?」
 レイフは自分の考えが正しいだろうと確信していた。
 あの光は《光の浄化》と呼ばれる、不浄なものを無に返す聖魔法<ホーリー・マジック>の一つであろう。つまり、キャロルはみんなのピンチに、奇跡の使い手として目覚めたのだ。
 聖魔法<ホーリー・マジック>は、白魔法<サモン・エレメンタル>や黒魔法<ダーク・ロアー>などと違って、学習で身につけるわけではなく、ある日、ふとしたきっかけで覚えるのだという。それはまるで神に選ばれるが如く。だから、つい昨日まで聖魔法<ホーリー・マジック>を使えなかったキャロルが使えるようになったのも、特別なことというわけではなかった。無論、そんな場面にお目にかかるなんて、一生に一度あるかないかだろうが。
 とにかく、キャロルのお陰でみんなが助かった。レイフは安堵して剣を納め、デイビッドの方を振り返った。
「!」
 だが、デイビッドは仰向けになって地面に倒れていた。慌てて、レイフは駆け寄る。
「デイビッド様!」
 レイフはデイビッドの身体を揺すり、頬を叩いたが、何の反応も返ってこなかった。胸に耳を押し当てて、鼓動を確かめる。だが──
「そんな!」
 レイフは血相を変えた。
 デイビッドの心臓は停止していた。


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