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[第二十八章/−1 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十八章 邪悪なる胎動(1)


 狭い坂道で始まった戦いは、敵味方入り乱れての乱戦になった。
 数で圧倒するはずの王都軍は、突然、側面からノルノイ砦の騎士団の強襲を受け、前後に寸断される形になっており、同時に命令系統も失っていた。こうなると前方で取り残された先陣の部隊は、そのまま押していいのか引いていいのか判断がつかず、ひたすら斬りかかってくる敵兵の対処に忙殺されるような状態に陥った。
 軍馬も立ち往生するような状況では、剣を振るうだけで味方に当たる有様で、両軍とも、大きな動きを取れずにいた。
 その乱戦に乗じたのはゴルバである。ゴルバは単身、王都軍の先陣に切り込み、悪魔の斧<デビル・アックス>を存分に振るっていた。命中するだけで敵の命を奪えるような状況だ。また、王都軍の騎士たちに、それを避ける余裕はなかった。
「化け物か、あれは!?」
 返り血を全身に浴びたゴルバを見て、王都軍の騎士たちは震え上がった。ここまで凄惨な戦いを経験したことがないのだから無理もない。これなら凶暴なトロールと一戦交えた方がマシというものだ。
 また、途中から戦闘に加わった山賊団のマインも、背中の段平を抜いて、獅子奮迅の活躍を見せていた。マインの巨漢から繰り出されるパワーと段平の鋭い切れ味によって、王都軍の騎士たちは着ている鎧ごと両断されてしまう。盾<シールド>さえも時には役立たなかった。
 乱戦に持ち込んだことによって、セルモア側が優位に戦いを進めていたと言えるだろう。だが、それを大人しく指をくわえて見ている王都軍ではない。何しろ、それを指揮しているのは知略に長けるカルルマン王子なのだ。
「ダバトス」
 頃合いを見計らって、カルルマンはダバトス将軍を呼んだ。ダバトスも王子の意図をすでに察している。ダバトスは全軍に合図を送った。
 甲高い笛の音が戦場に響いた。王都軍に向けた撤退の合図である。それには王国の騎士であるマカリスターも気づいていた。
「引く気か? そうはさせるか!」
 もし、ノルノイ砦の騎士団を初めとするセルモア側が優勢でなければ、マカリスターも追撃戦を挑もうとは思わなかったに違いない。だが、このチャンスを逃す手はなかった。少しでも敵の戦力を削いでおくことは、後々の戦いを優位に進めることにもつながる。
 街の中心地へと撤退する王都軍に、マカリスター率いるノルノイ砦の騎士団は攻撃を加えた。相手は撤退中だけに、容易に討ち取ることが出来る。このまま街の外へ駆逐しようかという勢いだ。
 だが──
「マカリスターめ、乗せられたな」
 坂上から敵軍の動きを見ていたゴルバは、思わず歯ぎしりした。王都軍の撤退はこちらを誘い出す罠だと見破っていたのだ。
 街の中心地に差し掛かった時点で、王都軍は追撃してきたノルノイ砦の騎士団に対して反撃に転じた。と同時に、街の路地という路地から王都軍の兵が現れ、マカリスターたちの騎士団をアッという間に包囲する。
「抜かった! 罠か!?」
 狭い道の上での戦いでは、王都軍側はせっかくの数的有利を生かし切れず、ちまちまとした戦いになっていたが、こうして包囲してしまえば圧倒的な数の兵たちを効果的に活用できる。
 これはゴルバたちが現れたときに、ダバトスが配置していたものだが、生憎、ゴルバたちはその包囲網に足を踏み入れなかった。だが、図に乗ったマカリスターたちはまんまと引っかかり、ダバトスの策が功を奏したのである。
「かかったな」
 それを見たカルルマンは、ニヤリと笑った。
「全軍、かかれっ!」
 包囲網にかかったマカリスターたちノルノイ砦の騎士団は、たちまち王都軍の逆襲に合った。身動きもままならぬ状態で、満足な反撃もすることができず、多くの命が奪われていった。
「こいつはまずいですね」
 いつの間にかゴルバの横にやって来たマインが、ノルノイ砦の騎士団たちの苦戦を眺めながら話しかけた。マインの血気盛んな性格から、マカリスター共々、追撃戦を行っていても不思議ではなかったが、一番の大将であるゴルバが動かないのを見て、自重したのである。その選択は正解だった。
「どうします、見殺しにしますか?」
「………」
 ゴルバはマインの方を見もせず、思考を巡らせていた。このままマカリスターたちを見殺しにして、時間稼ぎに使うことも出来るが、ゴルバたちだけ城に舞い戻ったところで、王都軍を迎え撃つ戦力や防備など皆無だ。この王都軍と戦うには少しでも戦力がいる。だからノルノイ砦の騎士団たちの兵力は貴重であった。このまま失うわけにはいかない。
「やむを得ん。敵の包囲網を崩して、味方の退路を作る」
 ゴルバは指針を定めた。だが、セルモアの兵士たちはすでに仲間を半分以上も失って、五十人にも満たず、簡単には包囲網を突き崩すことなど出来そうもない。
 そこへ追っつけ、サリーレたち山賊団がやって来た。
「ゴルバ様、カシオスからの伝言です!」
 サリーレは今まさに突入しようとしていたゴルバに駆け寄った。ゴルバは視線だけサリーレに向ける。
「何だ?」
「一時、城まで撤退して欲しい、と。カシオスに策があるそうです」
「分かった。その前に味方を救助する。──行くぞ!」
 ゴルバは馬の腹を蹴り、坂道を下り始めた。それに兵たちも続く。皆、死ぬ覚悟を決めていた。
 マインはそれを苦笑して見送り、サリーレに首を傾げて見せた。
「どうするよ? ゴルバは行っちまったぜ」
「カシオスの兄上よ。見殺しに出来るわけないでしょ! ──野郎ども、あたいたちも力を貸すよ!」
「おおーっ!」
 サリーレを先頭に、山賊団のならず者たちも戦闘に加わっていった。それを見ては、さすがにマインも黙っていられない。
「しょうがねえな」
 口ではそう言いながらも、戦えることの喜びを表情に出して、マインも戦場へと身を投じていった。


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