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[第二十八章/− −2 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十八章 邪悪なる胎動(2)


 王都軍に完全に包囲されたノルノイ砦の騎士団たちは浮き足立っていた。どこを見回しても敵だらけ。必殺の一撃は四方八方から繰り出されてきた。
 そんな部下たちに守られながら、隊長であるマカリスターは必死に逃げ道を探していたが、見渡す限り敵ばかり、この兵力差では隙など見つからない。ここはさっさと降伏しようかという考えが、マカリスターの頭にもたげてきた。
 そこへ援軍が到着した。先頭には悪魔の斧<デビル・アックス>を振りかざしながらゴルバ。その鬼神のごとき形相に、マカリスターは思わず弱気な考えを引っ込めてしまったほどだ。
 ゴルバたちセルモア軍の突入に、包囲の輪は歪んだ。王都軍は応戦するも、狂戦士<バーサーカー>のごとき働きのゴルバの前にあっては抵抗もむなしい。
 加えて、山賊団の遊撃に揺さぶられた。サリーレの鞭が唸り、チックの吹き矢とタックの手裏剣が射抜いていく。マインの段平が王都軍を一刀両断にしていった。だが、決して突入などと言う無謀な攻撃はしない。
 そちらに気を取られれば、今度は死に物狂いのノルノイ砦の連中が包囲網から脱出しようともがき、背後から攻められた。包囲網が削られていく。
「後背の兵力をもっと増強すべきだったな、ダバトス」
 カルルマン王子はせっかくの包囲網が破られようとしているのを見て、ダバトスの攻めの甘さを指摘した。
 本当はカルルマン王子の言う通り、敵の後背にもっと兵を配置したかったダバトスである。だが、セルモアの街は中央通りにほぼ一本真っ直ぐな道が引かれているのに、一歩、裏通りに入ると迷路のように入り組んでいて、後背部への兵力の増員を困難にさせていた。戦場の地理・地形を把握しておくことは戦いのセオリーであるが、この何十年もの間、王都の人間がセルモアに足を踏み入れたことがあまりなく、なおかつ街の住民たちが増えるがままに住居を建てていった結果、セルモア市街の正確な地図は王都の人間に入手困難で、下調べが出来なかったというのが実際である。ダバトスが失敗したのには、そんなところに一因があったと言えた。
 結局、後背の包囲網は崩されてしまった。そこから逃れたノルノイ砦の騎士団たちが領主の城へと脱出していく。王都軍は、なんとか包囲網を伸ばして、もう一度、封じ込めようとするが、時すでに遅し、簡単に振り切られてしまう有様だ。
「追撃だ!」
 今一歩のところで、敵の主力戦力を壊滅させることができたダバトス将軍は、このまま逃がすものかと、部隊を再編成させて、追いかけさせた。先程はこの短絡的な突撃がマカリスターたちに側面を突かせる隙につながったが、さすがにこれ以上の伏兵が敵にいるとも思えない。せっかくの包囲網を脱出されたのは痛いが、戦力の優位は未だ揺るがず、このまま一気に城まで攻め滅ぼすことは造作もないだろう。
 王都軍の追撃部隊はセルモアの街を再び抜け、岩場の多い領主の城近くへ迫った。対するセルモア軍は途中で踏みとどまって戦う気はないらしく、そのまま一目散に城へ逃げ帰っていく。
 ダバトスは勝利を確信した。失態もあったが、これで王子の覚えもめでたかろう。
 が、突如、目の前で信じられない光景が起き、ダバトスは馬の手綱を振り絞った。
 追撃部隊の騎士たちの身体が、次々とバラバラに千切れ飛んだのである。
 いや、バラバラにされたのは騎士ばかりではない、軍馬も同じだ。まるで見えない刃に五体を切断されているかのようだった。
 その凄惨な光景に後続の騎士たちはパニックを起こして慌てて止まろうとしたが、中には勢い余ってしまい、犠牲となった者たちも多かった。どうやら道のとある地点から向こう側には足を踏み入れられないらしい。
 大量の血と肉が散乱し、周囲には異様な臭いが立ちこめた。追撃で勢いづいていた王都軍の志気が、一気に萎える。
 ダバトスは進軍を停止させた。このまま突っ切っても、結果は同じだろう。無用な犠牲は出したくない。
 そこへカルルマン王子が馬を下りて、平然と歩み寄ってきた。目の前の惨状に、表情を少しも変えない。
「どうしたか?」
「殿下。どうやらこの先に敵の罠が張り巡らせてあるようです」
「ほう」
 カルルマンは興味深げに、さらに道を進んだ。ダバトスが慌てて止めようとする。
「危険です、殿下!」
「大丈夫だ。敵の罠とやらは、ここから先に張ってあるようだ」
 カルルマンはそう言って、足を止めた。そして、おもむろに落ちていた兵士の左腕を拾い上げる。切断面を上にして、それを無造作に振り下ろした。
 スパッ!
 鋭い切れ味を持って、兵士の左腕はさらに二等分された。見ていた兵たちの間から、驚きの声が漏れる。
「で、殿下」
「いい切れ味だ。見てみろ、ダバトス」
 カルルマンはそう言ってダバトス将軍を促した。ダバトスは目を凝らした。
「……! これは!?」
 空中に細い糸のようなものが見えた。いや、その糸に血がこびりついていなければ見落としていただろう。それくらいの細さだった。
 それこそカシオスが自らの髪の毛を張り巡らせて作った防御陣であった。近づく者はすべて切断する刃の壁。この直中に馬のスピードで突っ込んではひとたまりもない。それがこの先、ありとあらゆるところに仕掛けられていた。
「これもバルバロッサの息子の力か……」
 カルルマンは死の防御陣を眺めながら一人ごちた。
「しかし、連中はこの中をどうやって通り抜けたのでしょう?」
 ダバトスが疑問を口にした。それを王子は鼻で笑う。
「味方が通った後に作り上げたに決まっている」
「ま、まさか、一瞬でですか!?」
 ダバトスは絶句した。カルルマン王子は残った兵士の左腕を領主の城方面へ投げ、嘆息する。投じられた左腕は細かな肉片に形を変えながら落ちていった。
「やれやれ、これは少し手を焼きそうだな。──ダバトス、この糸がどこまで張り巡らされているか調べろ。城を囲っているようだと厄介だが。それまで全軍、ここで待機!」
「はっ!」
 ダバトス将軍はすぐに人員を選抜し、カシオスの防御陣の規模を調査し始めた。


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