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[第二十八章/− −5−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十八章 邪悪なる胎動(5)


 その部屋の中では、一定のリズムを刻むように、ページをめくる音だけが響いていた。
 たった一本のロウソクだけで照らされた室内。そこには奇妙な形をしたガラス瓶や古びた魔導書、そして用途不明な品の数々が並べられていた。
 領主の城の地下に位置するシュナイトの部屋。かつては謎の魔導士が住処としていた場所だ。そこの空気はまるで霊魂が漂っているかのように澱みきっていた。
 粗末な机の上には、何冊もの書物が積み上げられていた。バルバロッサの日記である。それを執務室から持ち出してきたシュナイトは、ずっと地下室に閉じこもって読みふけっていた。
 すでに何冊目を手にしていたか。シュナイトは不眠不休にも関わらず、その眼球の動きは少しも衰えていないどころか、まるで熱にうなされているかのように血走っていた。
 ──と。
 シュナイトの手が、あるページで止まった。そして、目が見開かれる。
 手が自然に震えた。ついに見つけたのだ。
「あったぞ! これだ!」
 声には歓喜の震えが込められていた。喜びのあまり、机をバンバンと叩く。
 もし、ここに誰かがいれば、その尋常ではない様子に驚いたことだろう。
 その日記は十二年前のものだった。ちょうどデイビッドの母、パメラとの結婚を決めた頃である。
『……昔、よくゴルバと遊んでいた、あの小さな娘が、これほど美しい女に成長しているとは思わなかった。ヴィーゼル卿はゴルバとの結婚に難色を示しているようだが、彼は選べる立場にない。遠縁とは言え、かつてセルモアを治めていたカーハーンの血筋。いずれはセルモアをこの私の手から取り戻したいと思っていたはずだ。まあ、ゴルバを毛嫌いしたくなる気持ちは分からなくもないが……』
 さらに数日後の日記には、
『……やはりヴィーゼル卿は、私とパメラの結婚を承諾した。化け物と毛嫌いしているゴルバより、親子ほど年齢差があっても私の方がマシだと考えたに違いない。それに、もし子供が出来れば、その子がカーハーンの血を受け継ぐことになるのだから当然だろう。私もその子に後を継がせるつもりだ。残念ながらゴルバたちには任せられない。あの子らは、身体を化け物にされたばかりでなく、心まで人間らしさを失ってしまった。ただ一人、シュナイトだけはと思っていたが、あの子は優しすぎる。兄のゴルバを差し置いて、自分が後継者になろうとは思わないだろう。だが、このまま家系を絶やすわけにはいかない。せっかくカーハーンから奪い取った地位を手放してなるものか……』
 ページは飛んで、
『……私も数々の悪事に手を染め、恨みも買ってきた。セルモアから一歩外へ出れば、私を殺したい連中はゴロゴロしているはずだ。だが、ここまで身近に敵がいるとは。ヴィーゼル卿はパメラと結婚させたら、私を亡き者にするつもりらしい。面白い。ヤツもカーハーンと同じ末路を辿らせてやる……』
 そして結婚の翌日。
『……どういう意味なのか? 本当にこのセルモアに、天空人の遺跡があると言うのだろうか? あの魔導士でさえ探し出せなかったというのに。ヴィーゼル卿が死ぬ間際に言った《監視者》とは? 奴の話では、いずれ天空より帰還する仲間たちのため、地上に残ったと言うことだったが。カーハーンの血族は、代々、その役目を引き継いできたというのか? 分からない。パメラはそのことを知っているのだろうか? いつか問いたださなければならないだろう。それともカーハーンやヴィーゼル卿を殺した私に、天空人が復讐しに来る方が先だろうか……』
 さらに十年前の日記には、
『……あのヴィーゼル卿の言葉がずっと気になっていて、ついに今日、パメラにさりげなく聞いてみた。パメラも《監視者》とかいう使命で、私を消すつもりなのかと考えていたのだが、彼女の反応を見る限り、カーハーンの遠縁であること以外、何も知らないらしい。もし、私に逆らうつもりならば、デイビッドを生んで、すでに用済みのアイツを始末するつもりだったのだが。いずれにせよ、これでデイビッドが《監視者》とかいう使命を知ることはないだろう。あとは私の後継者としてふさわしい男に育て上げるだけだ。謎は残ってしまったが、これでひとまずは安心だ……』
 シュナイトは日記を閉じると、立ち上がった。そして、不敵な笑みを浮かべながら天井を睨む。
「見つけたぞ、《残されし神々の血族》! これで《神々の遺産》への扉が開く!」
 そう満足げに言うと、シュナイトはロウソクの炎を吹き消し、地下室から出て行った。後には色濃い闇だけが残った……。


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