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[第二十八章/− −4 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二十八章 邪悪なる胎動(4)


 見ると地下回廊の床から黒い物が浮かび上がっていた。それは煙のような感じだったが、浮き上がり方はそれと異なり、まるで泡のように揺らいでは、空中に大きな黒い塊を作り出している。それは次第に大きくなっていった。
「何だ、アレは?」
「ガス・クラウドだ」
 ガス・クラウド。名前の通り気体状のモンスターである。古代の魔法実験によって生み出されたため、主な生息地はダンジョンなど。その気体状の体で動物等を包み込み、窒息死させるが、それによって捕食するわけではなく、あくまでダンジョンの守護獣として放たれている。いや、むしろ罠<トラップ>としての意味合いが強いかも知れない。
 もちろん、ウィル以外の者たちは初めての遭遇である。キーツとレイフはすかさず剣を抜いた。だが──
「ムダだ。剣は役立たない」
 ウィルの一言で、剣を引っ込めざるを得なくなった。当然ながらアイナのクロスボウも。
「じゃあ、どうするの?」
「こいつで試してみよう」
 ウィルは慌てる風もなく、腰から《光の短剣》を手に取った。
「今、剣は効かねーって、お前が言ったんじゃないか!」
 たまらずキーツが怒鳴る。それをレイフが、
「いや、あれは魔法の武器です。普通の武器はダメでも、あの短剣ならば」
 と説明した。
 それを証明するかのように、《光の短剣》がボーッと光を灯す。
 しかし、それを見たウィルは不満げだった。
「どうも最近、調子が悪いようだ」
 その言葉を他の者たちが聞いていたら、目を剥いていたに違いない。
 だが、ウィルは真っ向からガス・クラウドと対峙した。
 ガス・クラウドは唐突に襲いかかってきた。雲みたいなものなので、音も一切なし。ウィルを包み込もうと、ガス・クラウドは大きく広がった。
 ウィルは《光の短剣》を一閃させた。
 ガス・クラウドの体に裂け目が出来る。だが、それも一瞬。ガス・クラウドは即座に復元した。
 ウィルは素早く次の攻撃に移った。今度は黒いマントを翻すほどの大きなアクションで、ガス・クラウドを切り裂く。そのとき、ガス・クラウドの体がパチパチッという火花を迸らせた。間違いなく効果はあるのだ。
「いかんな」
 それでもウィルは不服そうだった。腕にはめられた手枷がなければ、魔法で一撃のもとに葬っていただろう。
 ガス・クラウドは一旦、後退して、最初の位置に戻った。撃退できたのかと、アイナたちはホッと胸を撫で下ろす。
 だが、床からさらに黒い雲が立ち上り、それがガス・クラウドの体を巨大化させるのを見て、顔を凍りつかせた。
 ガス・クラウドは巨大な地下回廊の天井にまで達するような大きさに育った。黒い壁が眼前に立ちふさがる。
「お、おい、冗談だろ!?」
 キーツは後ずさりながら呟いた。しかも普通の剣が通用しないのだから対処のしようがない。
 その前にキャロルが立った。左手で右手首をつかみながら、腕を突き出す。
「バリウス!」
 それは聖魔法<ホーリー・マジック>の攻撃呪文、真空波だった。一陣の風が吹き抜け、黒き壁と化したガス・クラウドを両断する!
 ガス・クラウドの動きが鈍った。キャロルは続けざまに呪文を唱える。
 ウィルも《光の短剣》を振るい続けた。次第にガス・クラウドが四散していく。
「いいぞ、その調子だ!」
 加勢もできないので、キーツは応援を決め込んだ。
 最後、キャロルのバリウスによって、ガス・クラウドは消滅した。キャロルは額の汗を拭いながら、大きく息を吐き出す。それは他のみんなも同じだった。
「やれやれ、キャロルのお陰で助かりましたね」
「まったくだ。ウィル一人じゃどうなっていたか」
「とにかく、みんな無事で良かったですよ」
「そうね」
 口々に安堵の言葉を呟いた──その瞬間だった。床のあらゆる場所からガス・クラウドが噴き出し始めた。
「わーっ!」
「ここはガス・クラウドの巣か!?」
 ガス・クラウドたちに取り囲まれ、一行は身構えた。さすがにウィルやキャロルの力をもってしても、これだけの数を相手にするのは骨が折れる。
「ここは逃げた方が良さそうです! とにかく走り抜けましょう!」
 デイビッドの言う通り、一行は領主の城へ向かって駆けだした。


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