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[第三十章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三十章 突  入(3)


 デイビッドを初めとする六人は、地下室から一階へ上がった。しかし、警備兵との遭遇を警戒していたものの、城はもぬけの空といった雰囲気で、誰一人として出くわさなかった。当然ながら六人は怪しんだ。まさか、地下回廊を進んでいる間に王都軍が攻撃してきて、それをゴルバたちが迎え撃っているなど、夢にも知らない六人である。
「まさか、これは罠では?」
 レイフは可能性の一つを口にした。地下回廊の存在をこの城の何人が知っているかは分からない。デイビッドですら知らなかった秘密だ。だが、回廊に通じている地下室で暮らしているというシュナイトは、当然、知っているであろう。レイフたちの侵入を察知して、それを待ち伏せるだけの準備が出来ているかも知れない。
 だが、誰かが物陰に潜んでいるような気配はまったく感じられなかった。
「どうしちゃったのかしら?」
 夕べ、キーツたちと潜り込んだときとは違う警備に、アイナは戸惑った。むしろ、昨日の今日なのだから、厳重な警備になっていてもおかしくない。
「ひょっとして、再び鉱山を襲いに行ったとか?」
 キャロルが不安そうな表情になる。一度はノルノイ砦の騎士団を退けたストーンフッドを初めとするドワーフたちだが、今度もうまくいくとは限らない。なにしろ、敵の方が数で勝っている。心配が募った。
「それにしたって、城の人間、みんな掻き集めていくかね? 少しは城にだって残すだろ?」
 キーツが当然の疑問を投げかける。だが、こうしていても、誰が答えてくれるわけでもない。今は悩むよりも行動のときだ。
「とにかく上に昇ってみましょう」
 デイビッドは母パメラが閉じ込められているであろう部屋に見当をつけていた。地下の牢獄でなければ、尖塔の小部屋が適当だろう。あそこからでは簡単に脱出できない。
 一行はデイビッドの案内で、再び階段を登り始めた。
 途中、アイナは不思議なデジャヴーを覚えていた。いや、それはデジャヴーなどではない。昨夜、同じ様な階段を登った記憶がフラッシュバックしているのだ。螺旋状にカーブする階段。その陰から現れたローブ姿の青年。
 何の前触れもなく、同じように上からローブ姿の男が現れたとき、アイナは幻でも見ているのかと思った。だが、その腕に一人の女性を抱えているを見て、記憶の焼き直しでないと気がつく。
「てめえ!」
 現れたシュナイトの姿に、真っ先に反応したのはキーツだ。先頭のデイビッドをかばうように前へ出ながら、《幻惑の剣》を抜く。
 だが、デイビッドも素直に下がろうとしなかった。なぜならば──
「母上!」
 シュナイトに抱きかかえられた女性こそ、デイビッドの母パメラだった。他の者たちは初対面である。
 パメラは息子が呼びかける声にも、まったく反応しなかった。
「貴様、何をした!?」
 キーツが鋭く問いつめた。一方でデイビッドを背中に隠すのに必死だ。その隙にアイナに前へ出られてしまった。
「ランバート、デイビッドのお母さんをどうするつもり?」
 シュナイトを知り合った頃の名前で呼び、アイナは尋ねた。そんなアイナをキーツは引き戻そうとするが、抗われてしまう。
「お前たちに説明したところで理解できまい。時間の無駄というものだ」
 シュナイトは昨夜とは打って変わって、アイナを前にしても狼狽える様子は見せなかった。そんなシュナイトに、アイナは別人を見る思いがした。
「ランバート、やめて。デイビッドのお母さんを私たちに渡して」
「おい、アイナ! 下がれ!」
 なおもシュナイトに話しかけるアイナに、キーツは苛立ったように促す。だが、それを素直に聞き入れるアイナではない。
「お願いよ、ランバート!」
「私の邪魔はさせない」
 シュナイトは右手をアイナへと向けた。


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