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同じ頃、ミスリル銀鉱山を有するドワーフの集落は騒然となっていた。高台となっている集落から領主の城からセルモアの街へ至る道を見下ろせるのだが、そこで一方的な戦いが始まったからである。
言うまでもなくゴルバたちのノルノイ砦騎士団とカルルマン王子率いる王都軍との激突だ。王都軍の撤退という擬態により追撃に出たゴルバたちであったが、セルモアの街近くまで迫ったところで、怒濤のごとくあふれ出す敵軍の蹂躙に為す術もなかった。それはまるで小舟が荒波に呑まれるような光景に似ていた。
ノルノイ砦の騎士たちはマカリスター隊長のカタキとカルルマン王子が死んだことによって士気を高めていたが、その姿が健在であることを掲げられると、敵に圧倒されるしかなかった。中には早くも城へと敗走している者もいる。だが、ゴルバは立場上、絶望的な戦いに身を投じて行くしかなかった。
半ば、死ぬつもりだったと言えるだろう。ゴルバは死力を尽くして、手にした悪魔の斧<デビル・アックス>を振るい続けた。その餌食となった王都の兵たちが累々たる屍を築いていく。数では圧倒しているはずの王都軍もゴルバだけには手出しが出来なかった。
「オレが相手だ!」
果敢なる名乗りを上げたのは、召雷剣<ライトニング・ブレード>を手にしたダバトス将軍だった。雑兵には目もくれず、一直線に突進していく。
「ベルク!」
ドドーン!
「がっ!?」
「うわああああっ!?」
凄まじい雷鳴と共に、悪魔の斧<デビル・アックス>と召雷剣<ライトニング・ブレード>が激突した。ゴルバのパワーに押され、ダバトスは手にしていた召雷剣<ライトニング・ブレード>を吹き飛ばしてしまう。だが、ゴルバもまた、電撃を全身で浴び、馬上より転落していた。
地面に叩きつけられたゴルバを狙って、王都軍の兵たちは次々に剣を突きだした。ゴルバは必死に、それを振り払う。だが、そのすべてを交わしきることなど不可能だった。頬や腕、肩、脇、腰などを剣先が掠めていく。ゴルバは全身に傷を浴びた。
「うおおおおおおっ!」
ゴルバは魔獣のごとく吠えた。悪魔の斧<デビル・アックス>の赤い飾り石が明滅する。
ザクッ! ドシュッ! ブシュッ!
次の瞬間、ゴルバを取り囲んだ兵士たちの首が一斉に飛んだ。どの首が最初で、どれが最後だったのか。見ていた者たちも分からないくらいの早業であった。
運良く難を逃れた兵士たちは、ゴルバの発する鬼気に気圧され、思わず退いた。勝っている戦だ。皆、命が惜しい。
「ええい、ひるむな! ヤツを殺れば我らの勝ちなのだぞ!」
吹き飛ばされた愛剣を探しながら、ダバトスは味方を鼓舞したが、ゴルバの戦い振りを目撃した者では、そう簡単に従うはずもない。そうこうしているうちに、ゴルバは王都軍の騎士が乗っていた軍馬を奪うと、再び悪魔の斧<デビル・アックス>を振るいながら、退却を始めた。
「追え! ヤツだけは逃がすな!」
ダバトスは全軍に命令を発した。
カルルマンの策に落ちたノルノイ砦騎士団は、最初の反攻で、その大半を失い、再び城に逃げ帰るしかなかった。
遅れて出撃したサリーレたち山賊団は、味方がやられていく様を目の当たりにし、戦闘の参加を思いとどまった。このまま闇雲に突っ込んでいっても、その命をムダにするだけだ。何より彼らは山賊団である。儲けのない仕事はしない主義だ。
「乗せられたね」
サリーレはくやしそうに爪を噛みながら呟いた。敵は王子を狙ってくると読み切っていたのだ。それを逆手にとって、こちらをおびき寄せるとは。踊らされたのはカシオスだと言えるだろう。
「カシオス、この状況、分かっているんだろ? どうするんだい?」
サリーレは、カシオスが髪の毛を使って、この有様を知っていると踏んで、指示を仰いだ。サリーレの声すらカシオスには聞こえているはずだ。
だが、すぐに返事は返ってこなかった。カシオスにしては珍しいことである。おそらく、カルルマン王子の術中に陥り、忸怩たる思いを抱いているのだろう。
「……仕方がない。もう一度、城へ撤退だ。今度こそ、カルルマン王子を葬る策を練る」
ようやく、カシオスの声がサリーレの耳に届いた。目の前には王都軍の突撃部隊が迫っている。血の気の多いマインでも、さすがに戦おうという気は起きないらしい。
「野郎ども、引き上げるよ!」
サリーレは仲間に命じた。
だが、敵との距離はまだあるというのに、突然、山賊団に矢の雨が降り注いだ。予期しなかった奇襲に、山賊団は浮き足立つ。何より、弓兵の姿がどこにも見えない。
「何だ、これは!?」
「魔法なのか!?」
逃げまどう山賊団に弓矢は容赦なく襲いかかった。回避しきれず、次々と仲間が倒れていく。
「チック!」
双子のホビットであるタックの悲鳴が聞こえた。運悪くチックの胸に矢が突き刺さり、その場に転がったのである。タックが駆け寄ったが、すでに即死だった。
「逃げるんだよ! 早く!」
サリーレも命からがら、その場から逃げ出すほかなかった。見えない敵の脅威に怯えながら。