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[第三十二章/−1 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三十二章 解き放たれた力(1)


 カシオスが絶命したのと時を同じくして、一階のフロアにはゴルバと二十数名に数を減らしたノルノイ砦の騎士団が帰還した。その視界に飛び込んできた累々とした屍、そして、見かけぬ侵入者たちの姿を認め、気色ばむ。だが、その中には見知った顔もあった。
「デイビッド……」
「ゴルバ兄さん」
 二人の兄弟が顔を合わせるのは、父バルバロッサが死んだ日以来だった。
 ゴルバは大斧<グレート・アックス>にまで成長した悪魔の斧<デビル・アックス>を肩に担ぎ、デイビッドに近づこうとした。その途中、床に転がっている生首に気がつく。
「か、カシオス……」
 長い黒髪は顔を覆うようにまとわりついて、その表情を隠していたが、ゴルバが弟の首を見間違えることはなかった。その視線をすぐにデイビッドへ向ける。
「貴様が殺ったのか?」
 その眼は憎悪の炎に彩られていた。デイビッドは首を横に振る。
「違うよ」
「殺ったのはオレだ」
 ゴルバはカシオスの首のない死体のそばに立つ黒い孤影を認めた。ウィルだ。
「貴様が吟遊詩人か……」
「兄さん、もうやめてください!」
 今度はウィルに立ち向かっていこうとするゴルバに、デイビッドは呼びかけた。父のカタキとは言え、やはり兄である。カシオスの二の舞だけは避けたかった。
「父さんばかりか、多くの人を傷つけて、それでも兄さんはこのセルモア領主の座を欲するのですか!?」
 初めて、兄に対して強い口調を使った。これまでデイビッドとゴルバは、同じ領主の城で暮らし、他の兄たちと比べれば顔を合わせることも多かったが、まともに会話した記憶がない。年齢が離れていることもあったが、ゴルバがバルバロッサやデイビッドを極端に避けていたからである。その理由はデイビッドにも分かっていた。ゴルバを初めとした他の兄たちは、父から疎まれていたからだ。
 そんな兄たちを差し置いて、末弟のデイビッドが父の跡目を約束されていたのだから、面白いはずがない。だが、それは父バルバロッサが決めたこと。デイビッドが望んだことではない。デイビッドに出来ることはただ一つ。兄たちからも認められる立派な後継者になることだ。
 そうやって帝王学を学ぶ末弟に、ゴルバがさらなる苛立ちを募らせたことなど、デイビッドが知るはずもなかった。ゴルバの苛立ちは自分の至らなさに原因があるのだと信じ、さらなる勉学に励んだデイビッド。それがゴルバのさらなる憎悪を生むとは知らずに。
「今は兄弟で争っている場合ではありません! 王都からカルルマン殿下が軍を率いて来ているのでしょう!? このままではセルモアは蹂躙されてしまいます!」
 まだ十歳とは思えぬ言葉に、ゴルバは鼻で笑った。つくづく出来た弟だと思う。
「ならば、オレに協力しろ! オレを領主として認めろ! オレは貴様の兄だ! オレが親父の後を継ぐのが本筋だろう!?」
「………」
 デイビッドは答えに窮したが、すぐに顔を上げた。真剣な目で、兄を見据える。
「それは出来ません」
「ほう。なぜだ?」
 ゴルバは問うた。デイビッドは兄に対しても臆さない。
「ゴルバ兄さんのこれまでのやり方は間違っているからです。父上を殺し、ミスリル銀鉱山のドワーフたちに軍を送り、そして今、殿下と事を構えている。そんなことをして、苦しむのは誰ですか? それは街の領民たちです! 領主たるもの、領民を守ってこその領主! それを私利私欲のために犠牲にすることは、為政者として、してはいけないことです!」
 デイビッドの堂々たる苦言に、ゴルバは歯ぎしりした。年端もいかない弟に説教された悔しさもさることながら、自分の至らなさを痛感させられる。そして、それを認めることは父バルバロッサの選択の正しさを証明することにもなった。
 しかし、もう手遅れだ。後戻りは出来ない。ゴルバはそのことをよく分かっていた。
「黙れ! オレのやり方が間違っているだと!? それがどうした!? 支配者とは頂点に君臨するものだ!」
 ゴルバは吠えた。正論を封じ込めるために。
 だが、デイビッドにも信念があった。ゴルバよりも強い信念が。
「いいえ! 民たちの暮らしを守るのが為政者の為すべき事です! 民がいなければ、他もまた、存在し得ないのですから!」
「ええい! 聞く耳持たん!」
 ゴルバは猛然とデイビッドに襲いかかった。その間に、死んだマインの段平を持ったキーツが入り込む。
「おっと、オレが相手だ!」
「どけ、ザコが!」
 ゴルバは悪魔の斧<デビル・アックス>を横薙ぎに払った。キーツは段平で攻撃を受け止めようとする。だが──
「うわぁっ!」
 それはまるで巨人<ジャイアント>による一撃のようだった。体格ではゴルバに劣らないはずのキーツの身体が、簡単に吹き飛ばされる。恐るべきパワーによって、反対側の壁に叩きつけられた。
「ここは私が!」
 デイビッドを守ろうと、今度はレイフが長剣<ロング・ソード>を手に斬りかかった。
 対して、ゴルバは片腕で易々と悪魔の斧<デビル・アックス>を振るった。レイフはその攻撃を見切って避ける。しかし、攻撃はかすりもしなかったはずなのに、猛烈な衝撃波が全身を痛打した。結果はキーツと同じく、吹き飛ばされてしまう。
 キーツもレイフも相手にならなかった。ゴルバはバルバロッサやグラハムと戦ったときよりも、悪魔の斧<デビル・アックス>からも力を得ており、異形の者から鬼人へと変貌していたのだ。
 アイナはゴルバに向けてクロスボウを発射しようとした。だが、ゴルバの全身から発せられる鬼気に圧倒され、引き金が引けない。震えで狙いが定まらなかった。
 それはゴルバ側にいるノルノイ砦の騎士たちも同じだった。戦いを茫然と見守ることしかできない。
 鬼人に普通の人間が太刀打ちできるわけがなかった。もし、いるとすれば──
「弟のカタキは、このオレだ。オレが相手になろう」
 ウィルは悠然とゴルバに歩み寄りながら注意を引いた。ゴルバがギョロリと眼球を動かし、ウィルの方を見る。
 鬼人VS魔人。
 またしても人外の戦いが始まろうとしていた。


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