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「ぬん!」
ゴルバは予備動作なしに悪魔の斧<デビル・アックス>を振り回し、ウィルの首を跳ね飛ばそうとした。
バッ!
その刃の上を遙か高く跳躍するウィル。まるで黒き翼を持つがごとき身の軽さであった。
だが、ゴルバもまたウィルの着地点を素早く読んでいた。重いはずの悪魔の斧<デビル・アックス>を簡単に方向転換させる。
「ウィル!」
アイナは思わず声を出していた。ウィルの頭部が爆ぜ割れる悪いイメージが刹那に浮かぶ。
何しろ、ウィルは武器を持っていなかった。《光の短剣》は先程、カシオスに向けて投げて、避けられてしまっている。おまけに両腕には魔法の手枷がはめられたまま。
吟遊詩人ウィルよ、このピンチをどう脱するか。
ウィルの着地とゴルバの一撃は同時だった。
ガシッ!
鈍い金属音が響き、誰もが重なり合う二人に息を呑んだ。
悪魔の斧<デビル・アックス>の刃は、ウィルの交差した腕によって受け止められていた。正確にはウィルの腕にはめられた魔法の手枷によって。
一刹那の後、魔法の手枷は割れ、ウィルの腕から外れた。悪魔の斧<デビル・アックス>が手枷を砕いたのだ。
このとき、封じられていたウィルの魔法は解放された。
「ディノン!」
呪文の詠唱と同時に、マジック・ミサイルの連弾がゴルバの体を直撃した。衝撃でゴルバの巨体が浮き上がる。常人であれば死んでいてもおかしくない。
だが、今のゴルバには悪魔の斧<デビル・アックス>が力を与えており、ダメージは軽微に過ぎなかった。後ろによろめきはしたものの、膝を屈することもなく、真っ直ぐにウィルを見据える。
「初めから、それが狙いだったな」
ゴルバの眼は、より危険な度合いを増した。
ウィルは平然と向き合う。
「少し不自由だったのでな。助かった」
「舐めたマネを!」
ゴルバは突貫した。魔法攻撃をも恐れぬ。
「ラピ!」
短い呪文を唱え、ウィルは右手を横に伸ばした。すると壁に突き刺さっていた《光の短剣》が独りでに動き出し、持ち主の元へ飛んでいく。《光の短剣》は柄の方から、ウィルの右手に収まった。
《光の短剣》が輝き出す。
キィィィィィィィン!
バリバリバリバリッ!
ウィルは《光の短剣》で、悪魔の斧<デビル・アックス>の攻撃を受け止めた。《光の短剣》の魔力と悪魔の斧<デビル・アックス>の魔力が激しくぶつかり合い、スパークを生じさせる。本来であれば、短剣と大斧<グレート・アックス>、受けきることなど出来るわけがない。だが、吟遊詩人ウィルはそれを可能にした。
二人の力の拮抗は長く続いた。痩身なウィルも負けてはいない。だが、このような状況でもゴルバはニヤリと笑って見せた。
「さすがだな、吟遊詩人。だが、オレにはまだ奥の手がある!」
そう言って、ゴルバは口を大きく開けた。
ブハァーッ!
ゴルバの特殊能力が発動された。《黒い毒霧》である。この特殊能力で父バルバロッサとグラハム神父を葬ってきたのだ。
こんな近距離では避けようがない。ウィルは《黒い毒霧》に包まれた。たまらずゴルバから離れ、《黒い毒霧》の中から脱出する。
「ハッハッハッ、苦しかろう!」
形勢逆転と見たゴルバは、悪魔の斧<デビル・アックス>を振るいながら、ウィルを追い回した。
しかし、ウィルはすぐに体勢を立て直した。《光の短剣》を手に構える。ゴルバは訝った。
「オレの毒が効いていないのか?」
少しでも体内に吸い込めば、全身に麻痺が及ぶほどの猛毒だ。まともに噴霧を浴びたウィルが無事でいられるはずがない。例えカシオスを易々と倒すことが出来る魔人であっても。
「もちろん、吸えばオレでもやられていただろう。だが、オレは吸わなかった」
かつて、ウィルはソロによって地中に引きずり込まれたことがあるが、そのときも無事に生還した。その秘密は、ウィルが人よりも何十倍も長い時間、息を止めることができたからだ。
ゴルバは改めて、目前の敵の強大さを知った。
「今度はこちらから行くぞ」
ウィルはそう宣言すると、呪文の詠唱に入った。ウィルの手に魔力が集束する。
「ヴィド・ブライム!」
ファイヤー・ボールがゴルバを襲った。
「バカめ! オレに魔法は通用しない!」
ゴルバは断言すると、悪魔の斧<デビル・アックス>で巨大な火球を粉砕した。凄まじい熱風が周囲に立ちこめる。
その火の粉をカモフラージュにして、ウィルが一気に間合いを詰めた。《光の短剣》がきらめく。
ガキィィィン!
ゴルバは間一髪のところで、悪魔の斧<デビル・アックス>の柄で受け止めた。両者の鋭い視線が絡み合う。
「ぬああああっ!」
ゴルバは両腕の筋肉を倍くらいに膨らませ、ウィルを押し返した。思わず後ずさるウィル。ゴルバはそれに乗じて、攻撃に転じた。凶刃がウィルの白い首筋に迫る。
キィン!
ウィルはまたもや、《光の短剣》でゴルバの攻撃を防御した。だが、その威力は先程の比などではない。衝撃はウィルの全身にまで及び、その足下の床石がひび割れ、陥没した。
「うわあああっ!」
二人の死闘を見守る者たちは、思わず後ろに飛び退いてしまった。それほどまでの衝撃、そして鬼気が周囲を圧していたのだ。ヘタに近づけば、こちらの身が危うい気になってくる。
ゴルバはなおも力を振り絞った。悪魔の斧<デビル・アックス>の刃に飾られている赤い宝石が邪悪な光を明滅している。力は悪魔の斧<デビル・アックス>からゴルバへと注がれていた。