[←前頁] [RED文庫] [「神々の遺産」目次] [新・読書感想文] [次頁→]
ドドーン!
熱波は一階フロアを駆けめぐり、その場にいた全員が顔を覆い、吹き飛ばされないよう足を踏ん張った。
爆風が消え去ってから、恐る恐る目を開くと、穴の縁にウィルが立っていた。その穴はファイヤー・ボールの影響で、まるで溶岩のようにくすぶっており、まだブスブスと熱い煙と焦げ臭い匂いを漂わせている。
デイビッドは熱さのせいばかりではない額の汗を拭ってから、穴に近寄った。
「ゴルバ兄さんは死んだの……?」
そっとウィルの顔を窺う。ウィルはかぶりを振った。
「いや、逃げられた」
ウィルの答えに、デイビッドはどこかホッとしていた。やはり、父殺しと言えども、実の兄を憎みきれないのだ。
「僕を助けてくれたのは、父上と知り合いだったからなんですね」
デイビッドは、昔の父を知っている吟遊詩人に、改めて感謝していた。
「一度、セルモアを訪れる約束だった。生きている間に、その約束を果たすことは出来なかったが」
ウィルにしては珍しく遠い目をしていた。バルバロッサと出会った頃を思い出していたのだろう。
デイビッドが知る限り、バルバロッサは領主として、ミスリル銀鉱山のドワーフたちや街の人々、または行商で訪れる旅の者たちとざっくばらんに話すことはあったが、立場上、友と呼べる存在は皆無であった。ましてやセルモアは独立自治のような街で、ブリトン王国から切り離されていたから、他の領主たちとの交流がない。だが、そんな父に、この吟遊詩人のような友がいたと知り、デイビッドは少し安心した。バルバロッサは何も言わなかったが、きっとウィルが訪れ、一緒に杯を交わすことを心待ちにしていたに違いない。実現していれば、バルバロッサの違う一面を見られたことだろう。
デイビッドも、今まで友と呼べる者はいなかった。生活はほとんど領主の城の中であったし、城内に同年代の子供は出入りしていない。しかし、今、目の前にいる者たちは、かけがえのない仲間たちと呼べるだろう。
「ありがとうございます」
デイビッドはウィルに手を差し延べた。ウィルはそれに応じようと手を伸ばしかける。と──
「伏せろ!」
ウィルはデイビッドを押し倒すようにして、床に伏せさせた。間髪を置かず、今までデイビッドが立っていた位置に矢が飛んでくる。
矢はそれだけでなかった。次から次へと、アイナたちはもちろん、ノルノイ砦の生き残りたちにも降り注ぐ。逃げ遅れたノルノイ砦の生き残り何人かに突き刺さった。
「みんな、こっちへ来るんだ!」
レイフがかつての仲間たちに声をかけた。一度はゴルバの側についたノルノイ砦の騎士団たちであるが、その総大将が行方知れずになり、どうすればいいか分からなくなってしまっている。そんな彼らをレイフは見捨てることは出来なかった。
「早く!」
レイフの声に、ようやくノルノイ砦の生き残りたちは動き出した。身を低くしながら、城の奥へと退避する。
「ヴァイツァー!」
ウィルが呪文を唱えると、突然、屋内だというのに突風が吹き荒れた。風は城の出口へと吐き出される。
「うわぁーっ!」
すると悲鳴だけが聞こえてきた。また、先程と同じく、姿なき敵が侵入していたに違いない。
ウィルはデイビッドを避難させるだけの時間を作ると、アイナたちに後を託し、城の外へ出た。
そこにはちょうど、山道をブリトン王国の大軍が攻め上ってくるところだった。先頭には召雷剣<ライトニング・ブレード>を掲げたダバトス将軍。総勢千騎はくだらない。
「ウィルさん! 王都軍であれば、なるべく傷つけないようにしてください! 僕としては話し合いで決着をつけたいんです!」
レイフに引っ張られながら、デイビッドがウィルの背中に叫んだ。本来であれば無理な注文である。
だが、吟遊詩人ウィルは魔人なり。
「ヴィド・ブライム!」
ウィルは敵軍からも目視できる、大きなファイヤー・ボールを作り出した。それを見て、王都軍の兵たちがざわめく。
「魔術師だと!?」
セルモアに魔術師がいるという情報はなかった。それも、広域破壊魔法であるファイアー・ボールを唱えられるのは、熟練した魔術師に限る。その戦力は騎士団一千騎に匹敵した。
「まとまっているとやられるぞ! 散開しろ!」
ダバトスは全軍に伝えたが、細い山道では散開など無理だった。残る手だては、退却するのみ。
「転進! 転進だ!」
一人の魔術師の出現に、王都軍はパニックに陥った。馬首を巡らすが、左右の方向転換が合わず、互いにぶつかる失態。あちこちで右往左往する部下たちが続出した。
そうこうしているうちに、ウィルのファイヤー・ボールが発射された。王都軍の手前に落下する。
ドゴォォォォォォォン!
猛烈な破壊音と熱風に、ブリトンの騎士たちは悲鳴を押し殺した。中には馬が暴れ、落馬する者もいる。
ウィルは続けて二発目のファイヤー・ボールを作り出していた。普通なら、こんな強力な攻撃魔法を連発することなど考えられない。ダバトスは、敵の魔術師は大賢者に匹敵する実力の持ち主だと悟った。
「一旦、退却する! 退けーぇ!」
ファイヤー・ボールの第二波が来る前に、王都軍は今来た山道を駆け戻って、退却した。
ウィルは威嚇にファイヤー・ボールを発射すると、別の呪文を唱えた。
「ガッツァ!」
ゴゴゴゴゴゴゴッ!
ウィルの呪文によって、地面が自然に隆起を初め、街の城門に匹敵する高さにまで達した。天然の城壁の完成である。これで再度、王都軍が侵攻してきても、多少なりとも阻めるはずだ。
ウィルは領主の城へ戻った。