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[第三十二章/− −5−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三十二章 解き放たれた力(5)


「王都軍は?」
 ウィルの姿を見るなり、キーツが尋ねた。
「一時撤退した。だが、あの程度では再び襲ってくるだろう」
 言わずもがなの答えに、キーツは肩をすくめながら、
「だろうな。なにせ、こちらは三十人ほど。ヤツらの戦力とは大違いだぜ」
 と、ぼやく。
 そこへアイナが加わった。
「何言ってんのよ。ウィルの魔法のお陰で、簡単には手出しできないわ。その間に何か方策を練るべきよ」
「方策ねえ」
 キーツはアゴをしゃくりながら言葉にしてみるが、そんなものが簡単に浮かぶはずもない。
 三人の所へ、デイビッドとキャロルも集った。
「僕としては、本当にカルルマン殿下と戦うつもりはないんです。どうにか、こちらの事情を説明して、穏便に事を進めたいのですが」
 と、デイビッドはあくまでも血を流さない方法を選択する。だが、《鮮血の王子》カルルマンの悪評は、他国の傭兵であったキーツも聞いていた。
「あの王子様が、そう簡単に納得してくれるかねえ」
 カルルマンであれば、この機に乗じて、セルモアを自分の手中に収めようとするだろう。このセルモアの経済力を握れば、病床のダラス二世を追い落とし、ブリトンの玉座を手にすることもできる。そう考えているはずだ。でなければ、これほどの早いタイミングで、セルモアに王都軍を差し向けてくるわけがない。
「まあ、その前にデイビッド。あいつらはどうするつもりだ?」
 キーツが視線を向けたのは、ノルノイ砦の生き残りたちだった。今、レイフと話し合いをしている。
「それは彼らの自由です。レイフの話では、騎士団の隊長だった人とゴルバ兄さんの口車に乗せられただけのようですから。今はもう、僕らに敵対する理由もないでしょう」
 デイビッドらしい考えだった。これまで数々の死線をくぐり抜けて来たキーツとすれば、アマちゃんの発想とも言えたが、十歳の少年が厳罰を処すはずもない。デイビッドの若さゆえの危うさは、周りの大人たちがフォローしてやればいいことなのだ。デイビッドには是非、いい領主になってもらいたい。そして将来、そんな姿を見てみたかった。
 そんなことをキーツが考えているうちに、話し合いを終えたレイフが一同の方へやって来た。
「全員、意見が一致しました。デイビッド様、どうか我々をあなた様の部下として加えてくださいませ」
 思わぬなりゆきに、デイビッドは驚いた。
「僕の部下に!? そんな──だって、あなたたちはノルノイ砦の──」
「そうです。ですが、彼らは一度、カルルマン殿下に対して刃を向けてしまいました。おそらく、どのような理由があろうとも許されることはないでしょう。彼らが生き延びるためには、デイビッド様の部下となる他ないのです。そこのところを一つ、お考えください」
「でも……」
 デイビッドは躊躇した。うまくカルルマンと渡り合えれば、ノルノイ砦の生き残りたちを救うことは出来るだろう。しかし、この先どうなるか、まだ分からないのだ。最悪、デイビッドは騒動の責任を取らされて、セルモア領主次期後継者の権利を剥奪されるばかりでなく、処刑されることも考えられる。そうなれば、残った彼らも同様に殺されてしまうだろう。
「いいじゃねーかよ」
 おもむろにキーツがデイビッドの肩を叩いて言った。手加減なしである。
「お前もいずれは、このセルモアの領主になろうかって言うんだ。今から、人の上に立つ練習をしちゃあどうだい? もちろん、それは人の命を預かるってことにもなる。責任は重大だぜ。だが、それが出来ないようじゃ、領主なんか務まりっこねえ。ハナっからあきらめるんだな。さあ、どうする?」
 キーツは多少、楽しそうな顔をしていた。デイビッドを試しているのだろう。
「アンタもたまには、いいことを言うのね」
 決めているキーツに茶々を入れるように、アイナが笑みを作った。台無しされ、キーツはアイナに噛みつく。
「うるせえ、『たまに』は余計だ!」
 場が和んだ。それに合わせて、デイビッドの表情も和らぐ。
 デイビッドは決めた。
「分かりました。──皆さん、よろしくお願いします!」
 デイビッドの言葉に、ノルノイ砦の騎士団は直立不動の態勢を取り、右の拳を胸の前に当てた。ブリトン流の臣下の礼だ。
 こうしてデイビッドは力強い仲間と忠実なる部下を得ることとなった。


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