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[第三十二章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三十二章 解き放たれた力(3)


 さしものウィルも、ゴルバの驚嘆すべきパワーの前に、膝を折りかけていた。青白い美貌が、わずかに歪む。
「兄さん、やめてください! これ以上、罪を重ねないで!」
 デイビッドは兄ゴルバへ必死に訴えた。もう、兄たちが死ぬのも、兄たちが誰かを殺すのも、見たくはなかった。
 だが、ゴルバは力を抜くことはなかった。ついにウィルが片膝をつく。
「デイビッドよ! お前は知っているか!? 親父がしてきたことを!」
 ゴルバは理想主義のデイビッドに対し、辛辣な口調で尋ねた。
 もちろん、デイビッドは常にバルバロッサの近くですべてを学び、領主のなんたるかを見てきたつもりだ。親子という関係を差し引いても、デイビッドには立派なセルモア領主だと断言できる自信がある。
 しかし、ゴルバはデイビッドも知らない父の姿を知っていた。
「いいか、よく聞け。お前が尊敬する親父もまた、このオレと同様、領主の座を自らの手で奪い取ったのだ! 前領主を殺してな!」
 ゴルバは嘲笑うかのように真実を暴露した。
 それを聞いたデイビッドは、すぐにはゴルバの言葉を理解できなかった。とんでもない話だったからだ。
「ウソだ……」
 それだけの言葉を口にするのがやっとだった。
 ゴルバの表情に余裕が戻ってくる。ようやくデイビッドに対して優位に立てたからだ。
「ウソなどではない。このセルモアは、昔からヴィーゼル家という一族が支配してきたのだ。お前の母、パメラはその遠縁に当たる。オレたちの親父は、このセルモアに流れてきた流浪人にすぎん。そして、持っていた力と企てで前領主に取り入り、その座をまんまと奪ったのだ!」
「そんな……」
 デイビッドはショックのあまり、ガックリと膝を折り、うなだれた。
 信じていたものに裏切られる。それはこれまでの自分を否定されるも同じだった。
 ずっとずっと、物心がついてからこれまで、自分は父のように立派な領主になると誓い、それに邁進してきた。父のため、そして領民たちのために。何でも手本にするのは父だった。父こそデイビッドが理想とする領主だった。
 その父が簒奪者だったとは……。
 デイビッドはこの先、何を支えに生きていけばいいのか見失ってしまった。
 ──そのときである。
「デイビッド」
 ゴルバの猛烈なパワーの前に、今にも押し潰されそうなウィルが、そんな状況にも関わらず声をかけた。デイビッドはハッと顔を上げる。
「お前の父は人々のために領主になったのだ。圧制を強いていた前領主を倒してな」
「ウィルさん……」
 デイビッドはウィルの真摯な眼を見つめた。そして、すっくと立ち上がる。
 ゴルバの形相が変わった。
「いい加減なことを言うな! どこにそんな証拠がある!?」
「古くからこの街に住む者ならば、誰もが知っているだろう。それに、オレはバルバロッサという男をよく知っている」
「何だと!?」
「バルバロッサはオレの友だ」
 思いもかけないウィルの言葉に、ゴルバやデイビッドだけでなく、アイナたちも驚いた。ウィルはその魔性のごとき美貌のせいで、正確な年齢は判断できないが、それでも三十代ということはないだろう。バルバロッサの長男であるゴルバと同じ、もしくは年下のはずだ。そのウィルがゴルバの父に当たるバルバロッサを友と呼んだ。しかも、ここ最近で知り合ったのではなく、ゴルバも生まれる前、バルバロッサがセルモア領主の座についた頃かそれ以前から知っているという。果たして、ウィルの実年齢はいくつなのか。つくづく謎の多い男だ。
「実の息子である、このオレよりも親父を知っていると言うのか?」
 ゴルバは疑わしげにウィルを睨んだ。対して、ウィルの涼しげな眼。
「その通りだ」
 ウィルはそう答えると、ゴルバの悪魔の斧<デビル・アックス>を押し返し始めた。ゴルバが歯を食いしばっても、抗うことは出来ない。とうとうウィルは、ゴルバを弾き飛ばした。
「ベルクカザーン!」
 すかさずウィルの魔法攻撃。青白い電光がゴルバに向けて迸った。
「くっ!」
 ゴルバはかろうじて、悪魔の斧<デビル・アックス>で電撃を受けきった。この呪われた武具がある限り、ゴルバに攻撃魔法は通用しない。
「ガディア!」
 ウィルは戦術を変えた。ゴルバの足場を失わせるため、地盤沈下の呪文を唱える。
 ガラガラガラッ! ドーン!
「うわぁーっ!」
 魔法は石畳の床を崩壊させ、ゴルバは深い奈落へと転落した。とっさに悪魔の斧<デビル・アックス>を穴の縁に食い込ませ、落下を防ぐ。
 そこへウィルのトドメの呪文が襲った。
「ヴィド・ブライム!」
 巨大は火球は穴を塞ぐように投入され、次に大きな爆発が巻き起こった。


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