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[第三十六章/−1 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三十六章 流星、墜ちるとき(1)


 巨神像の大軍が《取り残された湖》──ラ・ソラディアータ湖から次々と上陸し、セルモアの街へと近づく威容は、領主の城へと逃げる途中の街の人々や王都軍からよく見ることが出来た。街一つをはさんだ遠方を眺めていると言うのに、巨神像の姿が克明に見て取れると言うことは、その巨大さがとてつもないことを意味している。
 この巨大なゴーレム兵こそ、かつてこの地で繁栄していた天空人たちが残した魔導兵器──つまり“神々の遺産”だ。天空人たちがこのような魔導兵器をどうして残していたかは定かではない。現在のネフロン大陸のように、様々な国が対立し、その覇権を争っていたのか。はたまた、別の外敵に対処するためのものだったのか。残されている遺跡や文献からは、確かなことは何一つ分かっていないが、その強大な力は魔法が衰退した現在の世界を滅ぼすのに充分と言えた。
 そんなことは、古代魔法王国時代の知識がない一般の者たちにも分かっていた。突如として現れた巨大ゴーレムの軍団。おそらくセルモアの街ばかりでなく、ブリトン王国全土を蹂躙するのは造作もないに違いない。誰もがこの世の終焉が訪れたのだと悟った。
 ミスリル銀鉱山のドワーフたちも、ストーンフッドの指示により、避難を開始していた。その途中、数名の新生セルモア軍の騎士により誘導されている領民たちの群衆と合流する。
 ストーンフッドは、その中に人々を助けながら歩くキャロルの姿を見つけた。
「おお、無事だったか」
「おじいさん」
 強張った表情だったキャロルも、見知ったストーンフッドの顔を見て、ようやく安堵した様子を見せた。きっと避難する道すがら、不安だったに違いない。
「他の連中は?」
 ストーンフッドの問いに、キャロルは破壊の跡が生々しい街を振り返った。
「デイビッド様たちは、逃げ遅れた人たちのために残っています。ウィルさんは一人で、巨人を相手に戦って……」
「やはりそうか。最初の一体が倒されたとき、もしかしたらと思ったのだ」
 ストーンフッドは納得したようにうなずいた。普通の人間が巨神像とまともに戦えるわけがない。たとえ、束になってかかってもだ。だが、ウィルは別だ。なぜなら、彼は美しき魔人なのだから。しかし──
「とは言え、あれほどの巨人を相手に勝てるのか?」
 ストーンフッドの危惧はもっともだった。いや、誰がウィルの勝利に確信など持てるだろう。ウィルでさえ、やっと一体を仕留めることが出来た巨神像が、今度はその数を増やして現れたのだ。現在、目に見えているだけでも二十体以上。なおも湖から巨神像は上陸しており、セルモアの街の手前に集結していた。
「まったく、とんでもないものが湖に眠っていたものだな」
 皮肉めいた呟きが聞こえた。セルモアの領民たちに混じって、王都軍を率いているカルルマン王子である。その後ろにはダバトス将軍が付き従っていた。
 キャロルは身を固くした。無理もない。先程まで戦っていた相手だ。そして、この場にデイビッドやウィルはいない。カルルマンがその気になれば、今のセルモアなど簡単に征服されてしまうことだろう。
 だが、今はその状況でないことも確かだ。セルモアの街には巨神像の大軍が迫っている。カルルマンたち王都軍もまた、追いつめられた存在なのだ。
 これまで知略で戦いを有利に導いてきたカルルマンであるが、さすがにこの戦況をひっくり返すだけの策は持ち合わせていなかった。逃げることで精一杯である。いや、それすらも限界だ。山腹の城まで達すれば、あとは険しい岩山ばかり。退路などどこにもない。
 もちろん、カルルマンがそう簡単に死を覚悟するはずもなかった。彼にはブリトンの国王となり、その名を大陸に轟かせる野心がある。こんなところで終わる気は毛頭なかった。どんなことをしても生き延びて見せるつもりだ。
 しかし、カルルマンが率いてきた王都軍三千騎すべてを無事に済ますわけにはいかないだろう。これを失うことは痛手になる。特に王都には、父ダラス二世に庇護されている政敵の大僧正がのさばっており、カルルマン一派が弱体化すれば牙を剥き出して来るに違いない。国王の第一王子とは言え、王都でのカルルマンには敵が多すぎた。
 それゆえ、カルルマンには苛立ちが募った。巨神像の出現はまったくの予想外である。カルルマンにしてみれば、セルモアを楽に陥落させるだけの戦力を率いてきたつもりだった。それがこの有様である。このような誤算は初めてだった。
「元はと言えば、父上がバルバロッサなどという無頼漢にセルモアの領地を任せたのが間違い。王都直轄であれば、あのような化け物が復活することもなかったし、ひょっとしたら僕らが発掘して、国の戦力として用いることが出来たかも知れないのに」
 カルルマンの恨み言はもっともだった。
 だが、そんなブリトン王国第一王子に視線を向けるストーンフッドは冷ややかだ。
「つくづく、人間とは愚かしいものだ」
「何?」
 当然、その言葉をカルルマンは聞き咎めた。ダバトスも召雷剣<ライトニング・ブレード>の柄に手を掛ける。
 しかし、ストーンフッドはそんなことを気にも掛けなかった。彼はドワーフ族。人間たちに大人しく従うつもりはない。
「自分たちの手に余るものを、どうして持ちたがる? そんなものが幸福にしてくれると言うのか? いや、そもそも何が幸福なのか分かっているのかね?」
「そこのドワーフ! 殿下に対して無礼な口を利くと許さんぞ!」
 ダバトスは傷を癒してくれたキャロルの手前、やや躊躇しかけたが、それよりも忠心が勝った。
 それでもストーンフッドはやめない。キャロルはハラハラした。
「どうして人間は奪うことばかり考える? どうして他と共存しようと考えない? この世界は人間だけが暮らしているのではないぞ! わしらドワーフがいる! クソ生意気なエルフどももいる! いや、鳥だって動物だって、この世界では生きとし生けるものが数多く存在するんじゃ! ──見ろ!」
 そう言って、ストーンフッドは街の方を指さした。廃墟同然に荒らされた街を。
「アンタもこの街を奪いに来た。そりゃあ、アンタは街を灰にするつもりはなかったかも知れん。だが、幸せに生活していた人々を脅かしに来たことに変わりはない! アンタのために多くの人々が犠牲になることが正しいと言うのか!」
 ストーンフッドの叫びをカルルマンは真っ向から受け止めた。代わりに、斬りかかろうとするダバトスを制止する。
「老人よ。言いたいことはそれだけか? ならば答えてやろう。僕はこの国の第一王子、やがてはこの国の王となる。そのつもりだ。王ともなれば、国のことを考えねばならない。残念ながら、今のブリトン王国には、他の隣国と渡り合って行くだけの力が不足している。国民の多くは貧しい。この街の者は豊かも知れんがな。僕には国を潤す義務がある。そして、築き上げたい理想がある。それを成し遂げるためならば、僕は何でもしよう。たとえ、それが他の多くの者たちに非道と言われようとも、我が国の人民が幸せになれるのであれば、目的のために手段は選ばない。それが僕自身のやり方だ。もし、このセルモアを灰にすることがブリトンのためになるなら、僕はそれをもいとわないよ」
 カルルマンは声を荒げることもなく、ストーンフッドに言い放った。
 両者は視線を外さなかった。目を逸らせば、自分の信念を曲げてしまうかのように。
 しかし、それもセルモアが無事に残ってからの話だ。今のままではすべてが滅んでしまう。


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