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[第三十六章/− −4−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第三十六章 流星、墜ちるとき(4)


「本当のオレが分かるか?」
 四人のウィルは挑発するように、ジャコウに尋ねた。声も演奏も四方から聞こえてくる。ジャコウは顔を強張らせかけたものの、すぐにニヤリとした。
「どれが本物かなど関係ない! みんなまとめて、ブッた斬ってやる!」
 そう言うとジャコウは、身体をコマのように回転させて、四人のウィルたちを薙ぎ払った。
 幻のウィルたちは、悪魔の斧<デビル・アックス>の一撃に消滅した。四人ともども。
「すべてハズレだ」
 ジャコウの頭上に本物のウィルはいた。《光の短剣》を手にして。
 その《光の短剣》は、これまでになく強烈な光を放ちつつあった。それは次第に増していく。眩しさのあまり、ウィルの姿さえ見えなくなっていた。
「くっ!」
 ジャコウも手をかざすが、ウィルを見ることは出来ない。ただ攻撃に備えて、悪魔の斧<デビル・アックス>を構えるだけだ。
「ようやく、本当の敵を見つけたようだ」
 ウィルは誰に言うともなく呟いた。それは《光の短剣》に対しての言葉であっただろうか。
「行くぞ、相棒」
 ウィルはジャコウへ向かって突っ込んだ。眩しさに眼を開けていられないジャコウは、なんとかそれを受け止めようとする。
「ぬっ!?」
 ヒュン! ガシャーン!
 ウィルの《光の短剣》が、ジャコウの悪魔の斧<デビル・アックス>を木っ端微塵に打ち砕いた。それも刃の部分から。粉々に砕け散る悪魔の斧<デビル・アックス>。
「うわああああっ!」
 ジャコウは肩口にも一撃を受け、地上に墜落した。瓦礫に頭から突っ込み、派手な音と埃を立てる。だが、まだ絶命はしていなかった。
 ジャコウは頭からおびただしい出血をしながらも、すぐに瓦礫の中から上半身を起こした。そして、すでに柄の部分だけになった悪魔の斧<デビル・アックス>を投げ捨てる。そこへウィルが着地した。ジャコウにトドメを刺すために。
「待って!」
 そのジャコウを守ろうとする者がいた。アイナだ。彼女は両腕を一杯に広げ、ウィルの前に立ち塞がった。
「ウィル、もう充分よ。もう、許してあげて……」
 アイナは懇願した。人が変わったようにセルモアを破壊し、自分をも傷つけようとしたジャコウ──いや、ランバートの助命を請う。アイナにとっては愛しき人に変わりはなかったのだ。
 そんなアイナの姿を見て、デイビッドもレイフも絶句した。その場で棒立ちになる。デイビッドにとっては腹違いの兄になるが、それでもアイナと同様の行動を取れはしまい。
 だが、ウィルは違った。静かに一歩を踏み出す。
「どけ」
 いつも通り、抑揚のない声。そして、射抜かれた者を戦慄させずにはおかない怜悧な眼。だが、アイナは首を横に振った。
「イヤよ! せっかく、ランバートと会えたんですもの! もう、離れたくない! 私はずっと彼を追って、ここまで来たのよ!」
 アイナは叫ぶように言った。自然に涙があふれた。
「この人がデイビッドのお兄さんであろうと、地下室の魔導士だろうと関係ないわ! 私にとってはランバートよ! この世で一番大切な人なのよ! それ以外の何者でもないわ!」
「た、助けてくれ……」
 ランバート──いや、ジャコウはアイナのマントを握りしめ、助けを求めた。そして、ウィルから隠れるように、アイナを盾にする。
 アイナはそれをランバートの言葉と思っただろう。しかし、それはジャコウの企みであった。ジャコウは左手でアイナのマントをつかみながら、右手に《黒き炎》を作り出し、ウィルが近づいたところを見計らって、アイナの背中から腹を突き破って、不意打ちを食らわそうと考えていたのだ。
 もちろん、そんなことはウィルには分かっていた。だからこそ、ジャコウを許しはしない。
「もう一度言う。そこをどけ」
 ウィルはさらに一歩、近づいた。
 アイナはキッと表情を硬くして、クロスボウをウィルに向けた。
「近づかないで! 近づくと撃つわよ! 本気よ!」
 これには見ているデイビッドやレイフの方がハラハラした。
 そのとき、ちょうどキーツが意識を取り戻した。まだ視界が霞む目で、状況を知る。
「バカ野郎が……」
 キーツはそれだけ呟いた。
 だが、アイナの警告にも構わず、ウィルはもう一歩、踏み出した。アイナはかぶりを振る。
「ウィル、やめて。私に撃たせないで」
 クロスボウにセットしてあるのは、ルーン文字が刻まれた鉄の矢。その魔法効果により、外すことはない。
 しかし、ウィルの決心も変わることはなかった。
 ビシュッ!
 アイナは目をつむって、クロスボウを発射した。矢はウィルの心臓を目がけて飛ぶ。
 キン!
 甲高い金属音を残して、矢はウィルの《光の短剣》によって弾かれた。だが、矢にはルーン文字が施されている。目標を射抜くまで、追尾し続けるという効力を持って。
 矢はアイナたちの後方にまで弾き飛ばされ、空中で回転していたが、唐突にその動きを止めた。そして、再び発射されたかのように、物凄いスピードで目標へ飛来する。
 ザクッ!
 誰もが声を失い、目を疑った。
「……なっ……!?」
 口から言葉にならない苦鳴が漏れる。
 アイナのマントから、ジャコウの手が滑り落ちた。
「そんな……」
 一番、信じられない表情を作ったのはアイナだ。なぜならば、ウィルを射抜くはずの矢が、ジャコウの背中に深々と刺さっていたのだから。
 ウィルはただ、旅帽子<トラベラーズ・ハット>の鍔を手にし、目深にかぶっただけだった。
 誰が信じられるだろう。ウィルの超技を。アイナの矢を弾き飛ばす一瞬、ルーン文字を書き換え、目標をジャコウに変えてしまったとは。
「ランバート!」
 アイナの悲鳴が廃墟に響いた。
 ウィルは死闘の決着にやや珍しい疲労の色を見せながら、その場に背を向けた。泣き叫ぶアイナから離れるように瓦礫と化した街を歩む。
 そんなウィルとすれ違うように、デイビッドとレイフが駆け寄った。
 アイナの嗚咽はいつまでも絶えることはなかった。
 廃墟のごときセルモアに、夕陽は血を塗り込めるように沈んでいくのだった。


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