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吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二章 異形兄弟(2)


 そのパメラは自室に軟禁中だ。一応、夫を失い、息子を連れ去られたショックで寝込んでいることになっている。自室前には腹心の部下を配置しておいたので、下女との接触も禁じており、真相が外に漏れる心配はない。パメラも自分の立場を理解しているのか、特に騒ぎ立てるようなこともなかった。
 本当ならばパメラを殺してしまっても良かった。ゴルバが憎むべきバルバロッサの妻であり、セルモアの全てを受け継ぐはずの弟デイビッドの母親だ。昨夜のうちに、怒りにまかせて首をはねてしまうこともできた。
 だが、ゴルバはあえてパメラを生かしておいた。殺すのはいつでも出来る。いや、パメラの前で捕らえたデイビッドを処刑するのも一興だろう。積年の恨みを晴らすのに、簡単に殺してしまっては面白くないと言うものだ。
 しかし、パメラもデイビッドがどこへ逃げたのか知らないとなると、面倒なことになりそうだ。ゴルバは一人、思案を巡らせた。
 そこへ執務室に近づく何者かの気配を感じ取り、思考を中断させた。案の定、耳にも鎧が擦れ合う金属音が聞こえてくる。
「ゴルバ様」
 それはデイビッドの行方を捜索させている腹心の一人の声だった。
「入れ」
 言葉の感じから吉報ではないことを知りながら、ゴルバは腹心を招き入れた。中に入った腹心の男は、ゴルバを前にして直立不動の姿勢をとる。
「ご報告します。湖岸の道にて、デイビッド様とおぼしき子供を発見いたしました」
 ゴルバは座ったまま、机に肘を突き、両手を組み合わせた。視線は部下を鋭く射抜いている。
「それで?」
「はっ! デイビッド様は湖の岸に流れ着いたところを、旅の者と思われる男と女の二人連れに助けられたようで、毛布にくるまれ、抱きかかえられておりました。我々が引き渡すように命じると、女が抵抗したので、腕ずくでもと思いましたが、そこに邪魔者が入りまして……」
「何者だ?」
「そ、それが……」
 突然、部下が口ごもった。何やらもじもじした、おかしな態度を取り始める。心なしか頬が上気したようにも見えた。
「どうしたのだ?」
「い、いえ……その邪魔者というのが……まるで女のように美しい吟遊詩人で……」
「吟遊詩人?」
 諸国を旅しながら、古くからの伝承や物語を歌い紡いでいく吟遊詩人。セルモアにも年に何人か流れてくることがあるが、そんなに珍しい存在ではない。それが邪魔に入ったというのか。なぜ、何のために。また、楽器を扱うことと歌を唄うことしか能がない吟遊詩人など、恐れる必要もないではないか。
 ゴルバの視線は危険な色を増した。部下がそれを見て、震え上がる。
「ヤツは到底、普通の吟遊詩人だとは思えません。なにしろ、ヤツが奇妙な曲を弾き始めると馬たちが暴れ出したのですから」
「馬が?」
 そう言えば、魔法のような効果を持つ曲があると以前に聞いたことがある。それは魔力が宿った楽器と演奏者の相乗効果によって引き起こされるのだが、ゴルバも実際にお目にかかったことはなかった。
 それにしても、その吟遊詩人とは、一体何者なのだろうか。ゴルバは興味を覚えた。
「結論を言えば、デイビッドを見つけたものの、手出し一つ出来ずに逃げ戻ったということだな?」
「申し訳ございません!」
 男はその場に座り込むと、土下座をして許しを請うた。
 ゴルバが奥歯をギリリと噛む。
「その旅の者たちは、どちらに向かった?」
「はっ! 女が申すには、この街へ行く途中だったと……」
「自ら戻ってくるか、それとも行き先を変えるか。──門兵たちにはそのこと、告げたであろうな!」
「もちろんでございます! 人相、風貌を伝え、街に入るようならば捕らえよと……」
「よし。だが、少し手練れを増やした方が良かろう。早速──!」
 突如、ガタンと大きな音を立てて、閉められていたはずの執務室の扉が開いた。腹心の男は突然のことに腰を浮かせて、振り返る。ゴルバも目を見開いた。
 だが、入口には誰もいなかった。代わりに近づいてくる足音が二つ……。
 何者か。
 ゴルバは悪魔の斧<デビル・アックス>を自室に置いてきたことを少し悔やんだ。自分は父殺しなのだ。真相を知って、どんな敵が襲いかかってくるかも分からない。
 ゴルバはイスから腰を浮かせた。
 足音はすぐそこまでに迫っていた。


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