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吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二章 異形兄弟(1)


 セルモアの領主バルバロッサの城では、猛烈な嵐の傷跡が所々に残り、その補修に兵たちが忙しく動き回っていた。だが、そればかりではない。彼らの主人であるバルバロッサが急死したという衝撃的なニュースも同時に駆けめぐり、動揺と混乱が城の者たちの心を波立たせていた。バルバロッサは、部下はもちろん、セルモアに住む者全てから尊敬を集めていたのである。無理からぬ事だった。
 それを一喝して制したのは、バルバロッサの総領であるゴルバだった。剛胆な父親に似たゴルバは、兵たちに悲報を告げた後に続けた。
 昨夕、賊が城に忍び込み、数名の兵とバルバロッサの命を奪ったこと。そして、腹違いの弟であるデイビッドを連れ去り、今なお、逃亡中であると。
 もちろん、バルバロッサを殺したのはゴルバである。このことは数名の彼の腹心以外、知られていない。いや、知られるわけにはいかなかった。これは反逆なのだ。いくら口で言い繕おうとも、罪は免れない。父殺し。そして、領主殺し。だから、抜け穴から逃亡したデイビッドに関しても、いち早く追っ手を放っていた。デイビッドを始末しない限り、ゴルバの目的は達成されない。
 だが、そんなゴルバの言葉を誰も疑うようなことはなく、デイビッドの捜索と城の補修に人員を割き、兵たちは悲しみを紛らわせようとしていた。ゴルバはそれを、笑いが込み上げてくるのをこらえながら眺めた。
 兵たちの動揺を抑えたゴルバは、領主の執務室へと入った。正面には黒く大きな机が鎮座している。父バルバロッサは、ここで仕事をすることが多く、日々、書類に目を通し、様々な人間に指示を飛ばした。いわば、国王で言うところの玉座みたいなものだ。
 ゴルバはゆっくりと机に向かうと、大柄な父に合わせて作られたイスに腰掛けた。初めて座ったが、しっくりと身体に馴染んだ。
 ついに、このときが来たのだ。
 長年、夢見てきたイスだった。
 ずっと父を憎み続けてきた。殺したいほどに。
 幾度となくチャンスを窺ってきたが、武人であるバルバロッサに隙を見出すことが出来なかった。それはつまり、息子に対しても隙を見せることがない、戦士の証でもあったが、父親としては異常とも言える。それはゴルバが生まれてからの二十九年間、親子らしい会話やふれあいなど皆無であったことからも窺え、近くにいながら他人同然──いや、敵同士であった。
 そして、二十年前のあの出来事……。
 ゴルバは悪夢のような記憶を封じるように、自らの拳を握った。
 人の形をしながら、人外の能力を持つ異形の者として生きてきたゴルバが求めるものは、すでに力以外ない。何者をも支配できる強大な力。だからこそ、隠し部屋に封じられていた禁忌の武具、悪魔の斧<デビル・アックス>を手にすることまで決意したのだ。
 その悪魔の斧<デビル・アックス>は、今、ゴルバの寝所に隠されていたが、呪われし武具だとつくづく思い知らされたのは、バルバロッサの血をすすった斧が変形していたことだった。最初、隠し部屋から持ち出したときは、何の変哲もない手斧に見えた。だが、今朝には刃も柄も一回りは大きくなり、見るからに禍々しさを増したようだ。これからも血をその身に浴びるたびに成長していくのだろうか。さすがのゴルバも空恐ろしくなってくる。と、同時に、悪魔の斧<デビル・アックス>を手にしたときの力のみなぎりは魅惑的で、またすぐにでも誰かを殺したい衝動に駆られていた。それが悪魔の斧<デビル・アックス>と名付けられたゆえんかも知れない。
 とりあえず領主の地位は奪った。だが、気になるのは逃げたデイビッドの存在だ。
 父バルバロッサは、五兄弟の末弟であるデイビッドを後継者にすると考えていた。それは国王のダラス二世にも告げられていて、本来ならば国王の許可なくゴルバが勝手に領主の座に納まることはできない。だから、さらにデイビッドを亡き者にする必要があった。
 もっとも、今のブリトン王国の権威など、ないも同然。国王からの任命など無視しても構わないであろう。ただ、デイビッドの口から、バルバロッサを殺したのが自分だと証言されるのはまずい。ゴルバはセルモアの兵や民たちの心を掌握したわけではないのだ。反逆者となれば、この街全体を敵に回すことにもなりかねない。
 デイビッドの行方を、母親であるパメラが知っている可能性はないか考えたが、それはなかろうと思われた。バルバロッサはパメラを特別に寵愛していたわけではない。ゴルバたち五兄弟の母親がみんな違うように、バルバロッサはとても色を好む英傑であったが、一旦、妻に迎えてしまうと、その情熱は失せてしまう傾向があった。パメラも例外ではない。ただ、その間に出来たデイビッドだけは溺愛し、常に目が届く範囲に置いていた。
 もし、パメラがデイビッドの行き先を知っているならば、バルバロッサは一緒に逃がしたであろう。行方を知っているパメラをその場に残しておいたりしない。拷問してでも問いつめられるのは必至で、地方の小さな下級貴族の出であるパメラが口を割るのは時間の問題だ。ならば、デイビッドの身を一番案じているバルバロッサが教えるはずはなかった。


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