[←前頁] [RED文庫] [「神々の遺産」目次] [新・読書感想文] [次頁→]
ウィルは後方の騒がしさにも動ずることなく、華麗なる演奏を続けた。そのまま門兵たちが待ち受ける入口まで進む。
門兵たちは、手にしていた長槍<ロング・スピア>を互いに交差させながら、入口を塞いだ。
「この街に何の用だ?」
ウィルたちに胡散くさげな視線を向けてくる。
「オレは吟遊詩人だ」
演奏を止めることもなくウィルは答える。それは持っている竪琴と風貌を見れば一目瞭然だった。
「商いに来たのか?」
「そうだ」
何の変哲もない問答であった。お尋ね者として手配が回っているのならば、もう少し門兵が攻撃的、且つ執拗な追求してくるだろう。だが、そんな様子は微塵もなかった。
「通れ」
あっけないくらいに門兵は許可を出した。ウィルは無言で入口をくぐる。
おそらくはウィルが奏でる曲に秘密があるのだろう。警戒心を薄れさせる穏やかな曲だった。アイナもキーツもそう思い至った。
ところがウィルは、一人で街の奥へと進んでいく。アイナたちを待つ気配もなかった。
「おい、オレたちは置いてけぼりか?」
キーツは毒づいた。
今度はアイナが一歩、進み出た。
「私は人を捜しています。この街にいると聞いてきました」
「捜しているヤツの名前は?」
「ランバート」
「この街の人口は多い。見つけるのは難しいかも知れんぞ」
「構いません」
「分かった。ならば、通れ」
「ありがとうございます」
アイナも難なく通ることが出来た。ちゃっかり、そのあとを仔犬がついていく。
残るはキーツだけである。だが、キーツはデイビッドを抱きかかえていた。いくらウィルの曲の効果があると言っても、彼らはデイビッドのことを知っているに違いない。もし、そこで問い詰められたら……。キーツに額に、自然に冷や汗が浮かんだ。
「お前は何の用だ?」
立ちつくしたままのキーツに、門兵の方から声をかけてきた。思わず、引きつった笑顔を作る。
「オ、オレ?」
「あと他に誰がいる?」
「そ、そうだな」
心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、キーツは必死に頭を回転させた。だが、焦るとロクな考えが浮かばない。
「えーと、その、だから、なんだ……」
見ると、すでに通り抜けてしまったアイナが、早く来いとジェスチャーだけで呼んでいる。キーツは益々、慌てた。
「オ、オレは、あいつの連れだ。女の一人旅は危ないからよ」
とりあえず、それらしいことを言ってみる。
門兵はアイナの方を振り返った。それに対して、アイナが愛想良く手を振る。
「ふむ。で、その子供は?」
「は?」
やはりデイビッドのことを見咎められたらしい。キーツは毛布でデイビッドの顔を隠すようにした。
「こ、この子は……つまり……子供……そう、オレとあいつの子供なんだ!」
キーツの言い訳に、アイナはズッコケた。もちろん、門兵たちには気づかれていない。
門兵はキーツとアイナの顔を見比べた。
「ずいぶんと若い親子に見えるが?」
「そ、そう? これでも結構、歳がいってるんだぜ。ここだけの話、あいつなんか、三十手前さ。見えなかった?」
「ほ〜う。まったく、人は見かけによらんな」
「そうそう、見かけによらないんだよ。あの見かけにだまされて、何人の男が騙されたことか。まあ、オレもその一人っていやあ、その一人なんだが、可愛い顔して、結構、キツイところがあるわけよ。もう、泣くね。普通の男だったら。オレだからこそ辛抱できているってところかな。」
もう、キーツは自分が何を言っているか分からなかったが、とにかくまくし立てた。
「分かった。行け」
門兵から許可が出て、キーツはホッと胸を撫で下ろした。街の入口をくぐり抜ける。待っていたアイナに早足で駆け寄った。
「いやぁ、緊張したぜ。オレ、ウソをつくのが苦手でよ」
「ふ〜ん」
アイナの目は細まり、声にも険が含まれていた。キーツはまた緊張に身を固めることとなった。
「オレ、なんかまずかった?」
「誰が三十手前よ!」
ガン!
アイナは思い切りキーツの足を踏んだ。
そのキーツの絶叫は、驚いた門兵たちを振り向かせるのに充分なものであった。