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[第二章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第二章 異形兄弟(3)


 セルモアの街の入口には、四、五人の兵たちが睨みを利かせていた。その左右には、街を取り囲むように石壁が広がっており、アリの入り込む隙間すらない。さすがは幾度も敵軍を撃退してきた城塞都市である。防備は万全と言うことだ。
 それを遠く草むらから眺めながら、アイナが舌打ちした。その傍らにはデイビッドを抱いたキーツと仔犬、そして美しき吟遊詩人ウィルがいた。
「警戒されてるわね。きっと私たちのことは知られているだろうから、街に入ろうとした途端に捕まるわ」
 そんなのはアイナに言われないでも分かっていることだった。キーツが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「セルモアのヤツらと面倒を起こすからさ! 大人しくこのガキを渡していれば、何の問題もなかったんだ! まったく、オレまで巻き込みやがって!」
「あなたってホント、最低ね! いつまで愚痴をこぼしているのよ! それにこの子のことを考えたら、そんなこと、言えないはずよ!」
「傭兵は自分で自分の身を守るんだ! 何が起こるか分からない戦場では特にな!」
「だからって仲間を見殺しにしろって言うの?」
「仲間? 仲間だって? そんなものはなぁ──」
「静かにしろ。大声を出したら気づかれるぞ」
 キーツの反論を遮って、ウィルが注意する。アイナもそれにならって口をつぐんだ。キーツは面白くない。
(チッ! 色男が。後からしゃしゃり出て、おいしいところを持っていきやがって)
 そもそも今、アイナのそばにいる、あの仔犬とさえ出会わなければ、湖岸で倒れている子供を発見することもなかったし、無口な吟遊詩人と同道することもなかったのだ。キーツが不機嫌になるのも無理からぬことだった。
(二人仲良く街に行って楽しもうと思っていたのに……あーっ! そんなにヤツに胸を押しつけるな〜ぁ!)
 ウィルの容貌にかなわぬと知りながら、ついつい嫉妬心を抱くキーツであった。
「どうする、ウィル。この塀を迂回して街に入ろうと思ったら、余計な時間を食ってしまうわ。それじゃあ、この子が助からない」
 毛布にくるまれ、キーツに抱きかかえられたデイビッドは、相変わらず意識を取り戻していなかった。危険な状態が続いている。一刻も早く温かいベッドに寝かせて、街の教会にいるクレリックに聖魔法<ホーリー・マジック>をかけさせたい。
 聖魔法<ホーリー・マジック>は、神に仕えるクレリックが己の信仰心によって起こすことが出来る奇跡のことだ。主に病気や怪我などを治す治癒魔法が使え、薬草などよりも即効性がある。クレリックの高位職になると死んだ人間を生き返らせる《蘇生》もできると言われ、人々がその奇跡にすがることは多い。もっとも、教会側もそれ相応の巨額な寄進を求めており、一般の民たちが奇跡を身に受けることなど、まず、あり得なかった。それは神の慈悲からは、かけ離れた行為なのかも知れない。
 だが、何はともあれ、街に入ることが出来なくては話にならない。アイナは焦った。
 そのとき、すっとウィルが立ち上がった。そして、街の入口へと歩き出す。
「ウ、ウィル?」
「正面から入るぞ」
「正面って? ちょ、ちょっと?」
 ウィルは背中に背負っていた銀の竪琴を手にすると、弦を爪弾き始めた。優しい音色が奏でられる。
 また、不思議な曲でこの場を切り抜けようと言うのだろうか。アイナも意を決して、草むらから飛び出した。
「お、おい?」
 ビックリしたのはキーツである。これじゃ、捕まえてくださいと言っているようなものだ。
「ほら、キーツも!」
 アイナが振り返って手招く。
「しかしよぉ……」
 キーツは逡巡していた。
 そこへ──
「キャンキャン!」
 仔犬に吠え立てられ、キーツは飛び上がった。思わず逃げ出してしまう。それはアイナたちを追いかける格好になった。
「し、知らねーぞ、オレは!」
 それでも仔犬にせかされるように、キーツはセルモアの街へと向かう羽目になった。


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