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大変なことになってしまったと、ゴルバたちの陰謀を聞いた間者は、馬を走らせながら思った。
バルバロッサの死が息子のゴルバによるものであったこと。そして、ブリトン王国に敵対する意志が明らかなこと。
ダラス二世が国政を取り行うことが出来ず、不満を漏らすカルルマン王子が、毎夜、宴を開いて気を紛らわせている現在の王国では、一地方都市であるセルモアと戦を交えても、まともに戦えるかどうか疑問だ。一刻も早く王都に戻り、対策と準備を整える必要があった。
不思議なことに、ゴルバたちに気づかれたにも関わらず、追っ手が迫ってくる気配は皆無であった。だが、異形兄弟と呼ばれているゴルバたちのこと、どんな能力を使って追いかけてくるものか。その詳細は一年以上、潜伏していてもつかめなかったが、彼らを人間だと思ってはいけない。彼らは人の形をした怪物なのだ。
城から曲がりくねった山道を走り、賑やかな街を通過しても、間者の不安は拭い去れなかった。それはセルモアの街を無事に脱出し、湖岸の道を一目散に逃げていても同じだった。振り返っても誰もいない。それなに、だ。
突然、進行方向の地面から大きな刃が生えた。それは生えたと形容するしかないほど奇妙で、信じがたい光景だったが、現実でもあった。避けきれない!
ドッ!
馬の悲痛ないななきと共に、間者の身体は軽々と宙を飛んだ。全速力で走っていた馬は、地面から生えた大きな刃を避けることが出来ず、その脚を切断してしまったのだ。その拍子に間者の身体も放り出される。
あまりの突発的な出来事に、間者は受け身の姿勢も取れなかった。まともに腰から落ち、激痛に顔を歪める。
四肢を切断された馬もショックで身動きすることも出来ず、横たわったままになった。
間者は、地面から生えた大きな刃の正体を見極めようと、痛む身体を無理に動かして振り向いた。
そこには──!
刃はそのまま生えるように伸びると、大きな半月刀の形を現した。続いて、それをつかんだ腕、そして頭が現れ、人の姿を形作る。その怪異な人物こそ、バルバロッサの四男、ソロであった。
「逃がしゃしねーよ」
小柄な身体にも関わらず、巨大な半月刀を軽々と扱いながら、ソロはゆっくりと腰をついた間者へと近づいた。その醜悪な容姿は、すでに人間離れしているが、もっと怪物じみた恐ろしさが感じられた。
「オレたち兄弟には特異な能力があるってーのは、知っているよな?」
間者は死を覚悟した。それでも身体を引きずりながら後ずさる。
「冥土の土産に教えといてやろう。オレの能力は、地中を自由に移動できる能力なのさ。それも地上を走る馬よりも速くな。少し待ちくたびれたぜ。さあ、その口を塞がせてもらおうか? 永遠にな!」
ソロは残忍な笑みを浮かべると、半月刀を大きく振りかぶった。