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「くそ〜っ! あの野郎、舐めたマネをしてくれたぜ!」
馬上から降りるなり、マインが吠えた。その姿を侮蔑の目で、セルモアの兵士たちが注視している。それを感じ取って、マインは益々、不機嫌になった。
ここはセルモアの街から、曲がりくねった山道を登ったところにあるセルモア領主の居城であった。酒場前での一悶着から逃れ、ようやく山賊の一行は目的地に到着したのである。すなわち、彼らの頭領であるカシオスの生まれ故郷に。
「よく来たな」
城から二人の男たちが現れ、一行を出迎えた。長髪をなびかせた山賊団の頭領であるカシオスと、その兄、父殺しのゴルバである。
「頭領!」
「お頭!」
一行から声が上がる。それは少し安堵が含まれていたのかも知れない。なぜなら、周囲を取り囲んでいるのは、手に槍を構えた兵士たち、そして、その輪の中心にいる彼らは山賊だ。普通ならば、飛んで火に入る夏の虫、一網打尽にされてもおかしくない状況である。元々、山賊団の頭領カシオスは、セルモアを治めていたバルバロッサの一子という貴族の家系。下賤な彼らと育ちが違いすぎて、いつ見捨てられるか分かったものではない。こうしてカシオスの顔を見るまで、この城への招きを罠だと疑っていた者も少なくはなかった。
カシオスはいつも部下たちに見せる冷笑を浮かべ、隣の兄ゴルバにうなずいた。ゴルバもそれにうなずき返すと、
「この者たちは、我が弟、カシオスの仲間だ! 見かけだけで判断し、無益な争いはならぬぞ!」
と、敵愾心剥き出しの城の兵たちにクギを刺しておいた。もちろん、心から承伏できる者などいるはずもなかろうが、領主の代行を務めるゴルバの命には従わざるを得ない。兵たちは三々五々に散り始めた。
それを見た山賊たちは、勝ち誇ったように笑いをはじけさせた。やはり権力を屈服させることは痛快だ。
山賊たちのその笑いは、兵たちの癇に障った。その中でも若い兵がおもむろに剣を抜き、近くにいた山賊の一人に斬りかかる。
「やあぁぁぁっ!」
山賊は避けようとしたが不意を突かれて間に合わない。左腕が一本、大量の血をぶちまけながら飛んだ。それを見ていた者たちから、どよめきが起きる。
「き、き、貴様ァーッ!」
腕を切り落とされた山賊は、自らも剣を抜いた。それに合わせ、他の兵や山賊たちも武器に手をかけ、一触即発の状況になる。
「待たぬか!」
ゴルバの怒号が轟いた。その声に、誰もが動きを止める。と同時に、当事者の若い兵と腕をなくした山賊が一声うめき、武器を取り落としてしまった。次には二人とも、首筋に爪を立てて、もがき苦しみ出す。
「争ってはならぬと言ったはずだ」
カシオスが冷然と言い放つ。
二人の首が目にもハッキリと細くくびれていくのが見えた。これがカシオスの異形の能力である。自らの髪の毛を自由に伸ばし、自在に操り、手を触れずして相手の首を絞めることが可能なのだ。もちろん、その硬度は通常の髪の毛と変わらぬものから切断すら困難な鋼のようなものにまででき、指をかけた程度では簡単にちぎれることはない。
たちまち、二人の顔色は紫に変わっていき、口から泡を吹き始めた。目は白目を剥き、体に痙攣が走る。やがて、四肢から力が抜けて、その場に崩折れた。
異形兄弟と陰で噂している兵たちは、その能力をまざまざと見せられたショックで押し黙り、頭領たるカシオスを知っている山賊たちすらも仲間さえ見せしめに殺す冷酷さに色を失った。
「二度と同じことを言わせるなよ」
カシオスは二つの死体の首から髪の毛をほどくと、何事もなかったかのように踵を返し、ゴルバと共に城へと戻った。その後ろをハーフ・エルフのサリーレと山賊団の中では新参者のマインが追いかけてくる。他の者たちは、乗ってきた馬を案内された馬屋に引っ張って行った。
「変わったことはなかったか、サリーレ」
振り返ることなくカシオスが尋ねる。サリーレが答えようとするのを遮って、
「大ありだぜ、カシオス!」
と、マインが大きな声を出す。先程の一件で、ビビッていないのを誇示するためだ。
マインは他の山賊たちと違い、カシオスに忠誠を誓っているつもりはなかった。本人としては、一時的に手を貸しているつもりなのだ。だから、「頭領」とは呼ばずに、名前で呼ぶ。これはサリーレも同じだったが、彼女の場合はカシオスともっと親しいからで、マインのような野心はない。切れ者のカシオスは、当然ながらマインが腹に一物を持っていることを知っている。それでも役に立つと考えているのか、近くに置いておくことをいとわなかった。
「そう言えば、四人ばかり手傷を負っていたようだが?」
カシオスはほんの少しの再会で、二十名以上いる部下たちを把握していた。
「それだ! ここへ来る途中、ふざけたヤツに襲われた!」
実際に揉め事を起こした張本人はマインだ。だが、そんなことは百も承知だろうとカシオスにはわざわざ告げず、サリーレは黙っていた。
「その口振りじゃ、そいつを仕留められなかったようだな」
カシオスの口調に侮蔑が混じっていたのを、マインは気づきもしなかったことだろう。
「サリーレが止めなかったら、オレがぶっ殺してやったのによ!」
マインは右手拳で左手の平をピシャリと叩いた。
「そんなに手強いヤツだったのか、サリーレ」
カシオスはマインでなく、サリーレに訊いた。この辺は信用の差だ。
「白魔術師<メイジ>だよ」
「白魔術師<メイジ>?」
カシオスが眉根を寄せた。隣のゴルバも。
「一見したところ、吟遊詩人と言った風体だったけど、四人へ同時にマジック・ミサイルを放つ手並み、相当、高位の魔術師だろうね」
「その魔術師、歳はいくつくらいだ?」
「若い男さ。二十代前半から半ばくらいかな? それに恐ろしく美しい男だったね」
(若いのか……。ならば、違うな)
期せずして、ゴルバとカシオスは同じ言葉を心の中で呟いていた。