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[第四章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第四章 小さな追跡者(3)


 酒場の前で、マインたちと一悶着を起こしたグラハム神父は、サリーレにやられた左腕の傷もあって、両脇をウィルとアイナに挟まれるようにし、教会への帰り道を辿っていた。
 それよりやや離れて、グラハムたち三人の後をついていく小さな影が二つ。それは一見すると子供のようだったが、旅慣れた者が見れば、その正体は用意に判断できたはずだった。
 ホビット。
 森のエルフや山のドワーフなどと同じく、草原の妖精族である。彼らは成人しても人間の子供程度しか背丈がない。したがって、力も非力なのだが、それを補って余りあるのが手先の器用さと敏捷さである。ただ、技術力に優れたドワーフと違い、物を作り出すという発想には欠けていた。彼らは他人のものを自分のものとすることに罪悪感を持ち合わせていないため、度々、自らの能力を盗むという行為に対して使用しているのだ。そう、彼らこそ生まれながらの盗賊なのである。
「どこまで行くんだろうね?」
「どこまでだろうね?」
 二人のホビットは、互いの顔を見合わせながら呟いた。ホビットの人相が分からない人間が見ても、不思議なくらい二人の顔は似ている。おそらくは、双子ではないかと思われた。彼らこそ、サリーレがウィルたちの後をつけさせた、チックとタックなのだろう。もっとも、今の段階ではどっちがチックでどっちがタックだか分からないが。
 だが、そんな奇妙な追跡者のことなど、尾行されているグラハムたちはもちろん、見かけた街の人たちも全く気にするところはなかった。彼らはちょっと見ただけでは子供のようだったし、追跡もごく自然にたまたま同じ方向に歩いているとしか思えなかったのである。
 やがて、グラハム、ウィル、アイナの三人は、今にも倒れそうな粗末な小屋の中へと入っていった。その屋根に十字架が掲げられているところを見ると、教会らしいと追跡者には分かった。
 二人のホビットは、しばらくその教会を遠くから観察し、頃合いを見計らってから近づいた。
 通りがかりの誰かに見咎められないよう、素早く、そして用心深く教会の狭い裏手に回る。そのときも行動は慎重だ。決して足音を立てず、少しの力を加えただけでも崩れそうな教会の外壁に手をかけることもなく、中の様子をこっそりと窺う。おあつらい向きに壁には穴や隙間があちこちに開いており、教会の中を覗くことが容易だった。
「どこ行った、あいつら?」
「どこ行った、あいつら?」
 双子のホビットは、同じ言葉を口にした。もちろん、彼ら同士でしか聞こえない程度の声の大きさだ。
 二人は覗き穴を変えて、中へ入ったはずの三人の姿を探したが、簡易的な礼拝堂の中には誰もおらず、互いに首を傾げた。
「仕方がない」
「仕方がない」
「入るか」
「入るか」
 二人の追跡者は潜入を選択した。一度、表へ出て、誰かに目撃される恐れがないと確認してから、するりと鍵のかかっていない入口から忍び込む。その見事な手際。生まれながらの能力ばかりでなく、ちゃんとした訓練も受けているようだった。
 中に入ると途端に、
「なんですって!?」
 という、女の大きな声がした。
 それは正面に掲げられた十字架の辺りから聞こえ、二人の侵入者は軋む床など楽々とクリアして、声がした場所に近づいた。その十字架の裏には地下に通ずる穴が開いており、梯子が伸びているのを発見した。
 その下では、今まさにアイナが口を大きく開けていたところだった。戻ってきた一行は、待っているはずのキーツの姿がないので、アイナが教会の留守を一人で守っていた少女に尋ねたところだったのである。答えは、「どこかに出掛けた」であった。
「何よ、あいつが『疲れた』って言うから、グラハムさんを呼びに行くのは私とウィルにして、ここに残したのに! どっかに遊びに行く元気が有り余っていたんじゃない!」
 アイナはキーツのいい加減さに腹を立てていた。元々の出会いが、湖のほとりで裸を見られたことに端を発しているので、悪いイメージが益々、悪化していく。教えた少女も困ったように笑顔を作るしかなかった。
「そいつはねーちゃんのコレか?」
 負傷した左腕を少女に治療してもらいながら、グラハムが右手の親指をビシッと立てた。それを見て、アイナが顔を真っ赤にして首を横に振る。
「冗談じゃあないわよ! 誰があんな男と!」
 語気も荒々しく否定するアイナの姿を見て、グラハムは豪快に笑った。
「まあ、男と女なんて、どこをどう間違ってくっつくか、分かったもんじゃないからな。ひょっとしたら、明日にはオレとねーちゃんがくっついているなんてことも有り得るぜ」
 そう言って、グラハムはアイナにウインクを一つ送った。どうもこの男、神父のくせに型破りと言うか、俗人過ぎると言うか。
「人のことより、自分のことを考えてください」
 包帯を巻いていた少女が、たしなめるように言って、グラハムの左腕をぴしゃりと叩いた。傷口だ。
「あたっ! キャロル、ケガ人になんてことをするんだ!?」
 グラハムは大げさに痛がって、傷口をフーフーした。
「だいたい、神父様が昼間からお酒を飲みに行くから、こんなことになるんです! 神父様は一応、神父様なんですから、もうちょっとしっかりとしてもらわないと!」
 キャロルは可愛いほっぺたを膨らませて、大のオトナであるグラハムに「めっ!」と睨み付けた。これにはグラハムも降参するしかない。ここは話題を変えるに限る。


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