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「そ、それより、お前ら、どうしてオレを探していたんだ?」
グラハムはアイナとウィルに尋ねた。アイナがハッと真顔になる。
「実は神父様に助けてもらいたいんです、その子を」
アイナはベッドに寝かせているデイビッドの元へ近寄った。
部屋の暖房とベッドで、冷え切ったデイビッドの身体を温めているが、未だ昏睡状態のままで、体温もまだ冷たい。最悪の状態は脱したと思うが、なによりまだ子供。今後の容態は予断を許さない。
そんなデイビッドを見守るかのように、ベッドの上にはあの白い仔犬も上がり込み、すぐ横に寄り添っていた。
「この子は?」
「ああ〜ん、神父様! 治療がまだ途中です!」
キャロルが抗議の声をあげたが、グラハムは構わずにベッドに近づいた。寝ているデイビッドの額に手を置いたり、脈を測ってみる。その表情はこれまでになく真剣だった。
「随分と衰弱しているようだが?」
グラハムはアイナの方へ視線を投げた。
「湖の岸に打ち上げられていたところを私たちが発見したんです」
「湖に?」
「ええ。きっと夕べの大雨が原因じゃないでしょうか?」
「確かに、夕べの雨はこの辺りにしては珍しいものだったが……。この子の親とかが探していなかったのか?」
「さあ、近くにそれらしい人はいませんでしたけど。──でも、そう言えば」
「ん?」
思い出したように呟いたアイナに、グラハムが促す。
「この街へ来る途中、何かを探している兵隊に出会ったわ。そしたら、この子の顔を見て、渡せって言ってた」
「街の兵が?」
グラハムは考え込むように顎のヒゲを撫でた。
「ええ。この子のことを“デイビッド様”って呼んでいたわ」
「デイビッド!?」
途端にグラハムは驚きの表情を見せた。その隣のキャロルも同じ様な反応だ。
「まあ! 領主様のご子息と同じ名前ね!」
「領主のご子息?」
聞き咎めて、アイナが尋ね返した。キャロルがコクリとうなずく。
「ええ、領主バルバロッサ様の末っ子が、“デイビッド”っていう名前なの」
「まさか……」
「年の頃も私と同じ十歳だから、ちょうどこの子と同じぐらいかしら?」
アイナはゆっくりと首を回して、今、ベッドに横たわっている少年の顔を見た。すると、まるでそれを肯定するかのように、主人に寄り添っていた仔犬が一声、吠えた。
「この子が、領主の息子ってこと?」
アイナの顔から血の気が引いた。ならば、城の兵たちがアイナたちの手から奪い返そうとしたのも道理だ。それを邪魔してしまうなんて……。今頃、アイナを初め、ウィルやキーツに、誘拐犯として手配が回っているかも知れない。それを考えると、アイナは頭を抱えたくなった。
「ああー、どうしよう、ウィル。ヤバいよね、これってヤバいよね!」
この場にキーツがいれば、それ見たことかとアイナに大威張りしていたことだろう。もっとも、キーツも同罪であることに差異はないのだが。
「ねーちゃん、そう、うろたえるな。そっちの色男のにーちゃんみたいに、どーんと構えておけって」
グラハムはそう言って、アイナを落ち着かせようとした。だが、そう簡単に落ち着けるものではない。第一、いつも沈着冷静なウィルを引き合いに出したところで、説得力に欠ける。
「キャロル、客人に茶でも出してやってくれ」
「は〜い♪」
キャロルはてきぱきと手を動かしながら、グラハムに言われたとおり、お茶を入れ始めた。
「さて、こっちの客人もなんとかせねばな」
グラハムはまだ途中だった左腕の包帯を自分で荒っぽく巻くと、高いところに設けられた棚へと手を伸ばした。
「聖魔法<ホーリー・マジック>をかけてくれるの?」
アイナは我に返って、期待のこもった眼差しでグラハムを見つめた。当初の目的を忘れかけていたが、衰弱したデイビッドに魔法をかけてもらうために、この教会まで来たのだ。莫大な寄付金を要求されたらどうしようかと、内心、不安だったのだが、こちらも危ないところを助けてやったのだし、ギブ・アンド・テイクで納まるとアイナは踏んでいた。
ところが、当のグラハムは、
「聖魔法<ホーリー・マジック>? オレは使えんぞ」
と言ってのけた。アイナは自分の耳を疑った。