[←前頁] [RED文庫] [「神々の遺産」目次] [新・読書感想文] [次頁→]
確かに魔術師は一般の人々にとって畏怖の存在だ。魔法で空を飛んだり、物を動かしたり、魔力を持たない人間にしてみれば想像もできないことをやってのける。同じ人間でありながら、まるっきり異質だった。だが、それを嫌うまでには至らない。魔術師が無闇に魔法を使うことはないし、それで人々を傷つけることなど、戦争でもなければまずあり得ないからだ。魔術師たちの多くは知識を得ることが主な仕事で、普段は学院の図書館か自分の研究室に閉じこもり、人々の前に姿を現すことは稀である。だから、何かの原因を作らない限り、街の人々から疎まれるはずはなかった。
「昔、一人の魔術師がこの街に来た」
グラハムは遠い目をした。きっとこの男も筆舌には語り尽くせないくらいの人生を歩んできたのだろう。
「その魔術師は、領主であるバルバロッサのところへ居着くようになってな、なんでもこの地方に残っている天空人の遺跡を調査したかったらしい」
「やっぱり、あの湖があったところに、天空人の魔法都市があったのね?」
アイナが湖にまつわる伝説を思い出して言った。だが、グラハムはかぶりを振る。
「それはどうだか、オレは知らねえ。ただ、本当に魔法都市があったとしたら、遺跡から何かが発掘されるかも知れない。そいつがとてつもない力を秘めたお宝だっていう可能性もなきにしもあらずだ。その頃のバルバロッサは、この街を王国から独立させたがっていた。資金はある。潤沢と言えるぐらいにな。だが、王国と渡り合えるだけの戦力が乏しい。だから、魔術師が戦力となり得そうな物を発掘したらしめたものだった」
「それから?」
「ある時、王国軍と小競り合いになった。バルバロッサは王国軍を押し返すために撃って出て、二、三日、城を留守にした。戻ってくると──」
そこでグラハムは言葉を切った。唇を湿らせてから続ける。
「バルバロッサが戻ってくると、ヤツの四人の息子たちの姿がなかった。バルバロッサは探した。城中を、そして街中をな。やがて、息子たちは発見された。魔術師にねぐらとして与えていた城の地下室にな。四人は魔法実験によって、怪物同然の体にされていた」
「………」
「見かけは以前とそんなに変わったわけじゃない。だが、化け物じみた能力を身につけていた。バルバロッサは魔術師を問いつめた。なぜだ、と。答えは、領主の望み通り、一千騎にも勝る兵を作り上げてやっただけだ、とさ。バルバロッサは当然、怒り狂い、魔術師に斬りかかった。だが、深手を負わせたものの、致命傷には至らず、魔術師は転移の魔法を使って逃亡したらしい。それ以来、バルバロッサは怪物と化した息子たちを遠ざけるようになったと言う。その後に生まれた末っ子のデイビッドを除いてな」
「だから街の人たちは魔法を使う者に悪いイメージを?」
悲しげな表情で、アイナは問うた。グラハムは、その視線を真っ直ぐに受け止めた。
「さっきの街の連中の顔を見たろ? 怖いのさ。魔術師は人間を化け物に作り替える。自分も、そして自分の家族たちも化け物にされるんじゃねえかってな」
「ウィルは違うわ!」
「んなことは分かっている。だが、分からない人間もいる。いや、そっちの方がきっと多いのさ」
「………」
アイナはなんだか自分のことのように悔しくなった。もちろん、バルバロッサの息子たちを化け物に作り替えた魔術師も許せなかったが、それで魔法を使えるウィルが白眼視されるなんて。アイナは当のウィルの顔を見た。だが、その美貌は少しも崩れていなかった。
「分かった。街へ出るときには気をつけよう」
ウィルは淡々としたまま了解した。
だが、グラハムの表情はまだ晴れなかった。
「他にも気にかかることがあるんだが……」
「何だ?」
ウィルに尋ねられると、どうにも答えなくてはいけない気になってくる。
「あの山賊たち、堂々と街の中に入ってきやがった。普通ならバルバロッサの命で、固く無法者の通過を禁じているはずなんだが……。それに、あのハーフ・エルフのねーちゃんが言ってたな。『領主のご子息に呼ばれた』って」
「知り合いだったのかしら?」
と、アイナ。グラハムが首をひねる。
「いくら領主の息子に呼ばれたと言っても、相手は山賊だ。あのバルバロッサが許すわけがない。第一、それ以前に息子たちの権限などないに等しいのだ。そんなことがまかり通るものか」
「では、考えられるのは──」
「ああ、バルバロッサの権威が及ばない事態になったってことだな」
グラハムの眼が鋭くなった。
ウィルも同意見なのか、うなずく。
グラハムはベッドに寝ている少年の頭に手を置くと、サラサラの金髪をクシャクシャにした。
「この坊主が、本当にバルバロッサの末っ子、デイビッドだとすると、湖の岸に打ち上げられていたってのも妙な話だ。これは領主の城で何かがあったと見るべきだな」
「ひょっとして、この子、命を狙われているとか?」
アイナもベッドに近づく。
「確か、バルバロッサの後継者は末っ子のデイビッドだと決まっていたはず。バルバロッサが死に、デイビッドも死んだとなれば、その兄貴たちが後継者となれる」
「そんな!」
「これはきな臭くなってきたな」
グラハムは考え込むようにして、低い天井を見上げた。
その階上の礼拝堂では、二人のホビットが盗み聞きを終え、サリーレたちの元へ報告に走っていた。