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カシオスの命令が下されたとき、すでにアイナは地下で寝ていたグラハムを起こし、再び礼拝堂に取って返していた。アイナの耳が大勢の足音を聞きつける。こんな真夜中に訪れる者たちなど、尋常な用件を持っているはずがなかった。
相変わらず外は闇夜。壁に開いた穴から外を覗いても、敵の姿は見えない。
アイナは自分の耳だけを頼りに、応戦することに決めた。
左腕に装着しているクロスボウの弓をワンタッチで広げ、矢をつがえる。
幸い、外へ出なくても発射できるくらい、教会の壁には手頃な穴がたくさん開いていた。あまり感心できることではないが。
ビュッ!
アイナは発射した。最初の一矢は威嚇に放ったものだ。敵の足下近くに突き刺さったはずである。その証拠に暗闇の中から驚いたような声が上がった。
「どうせ、闇雲に撃っているだけだ! ひるむな!」
誰かが言い放つ。
(お生憎様)
アイナは次の矢を放った。今の言葉を発した男の位置を聞き取って。
ヒュン! グサッ!
「がっ!?」
手応えあり。
これにはさすがの敵もひるんだ様子だった。
「バカな、向こうはこちらの位置が見えるのか!?」
「おい、隠れろ!」
敵は散開し、教会の周囲にある家などの陰に隠れた。これで一気に雪崩れ込んでくる心配はないだろう。アイナの危惧はそこにあった。敵が数にものを言わせて教会に乱入してきたら、いくらアイナでも防ぎようがない。こうして敵が警戒し、手をこまねいているうちにウィルが戻ってくれば形勢逆転を狙える。
そんな様子を教会から少し離れた場所より見ていたカシオスが舌打ちした。
「何をやっているんだ?」
部下たちの不甲斐なさに、つい口調に苛立ちが混じった。せっかく魔法を使うという吟遊詩人を誘い出すことに成功したのだ。にも関わらず、小さな教会ひとつ一気に制圧できないとは。
「兄者、オレが行こうか?」
隣で弟のソロがうずうずした様子で言った。
ソロはセルモアを離れてから、その異形の力を生かして、暗殺者ギルドに身を置いていた根っからの殺人鬼だ。その大きな半月刀で人間を切り刻むことに喜びを感じるタイプである。今も戦いに参加したくてしょうがない。
そんな狂気に取り憑かれた弟を冷たい視線で見下ろしながら、カシオスは思案した。
「……いや、もう少しあいつらに任せよう。オレはしばらくここを動けそうもないしな」
今度はソロが兄を振り仰ぐ番だった。
「魔術師か?」
「ああ。追ってきている。それも信じられないくらいのスピードでな。オレもこの術を使うには集中しなければならない。ヤツの実力、どれほどのものか?」