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[第六章/− −5 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第六章 死者のマリオネット(5)


 その頃、街外れではウィルと不死身のマリオネットとの死闘が続いていた。
 斬りつけられても、呪文でバラバラにしても甦ってくる死者のマリオネットに対し、さすがのウィルも打つ手がないようだった。今は光の短剣で相手の攻撃を受け流すだけ。疲れを知らない死者の攻撃は永遠に続くかのようだった。
「ヴィム!」
 二体の攻撃の隙を突き、ウィルは短い呪文を唱えた。ウィルを中心に、周囲に風が巻き起こる。次の瞬間、ウィルの身体は宙に浮き上がっていた。
 浮遊術<レビテーション>。これで敵の攻撃は届かない。
 ウィルの目は、空中の高見から街に見える炎を捉えていた。あちらは教会がある方向だ。やはり敵の本当の目的は教会にあったのである。
 ウィルはこのまま空中を飛行し、アイナたちの危機に駆けつけようとした。
 だが、そう簡単にはいかなかった。あろうことか、二体のマリオネットたちの身体も浮き上がり、ウィルの進路を塞いだ。
 まさかマリオネットを操っているカシオスの髪の毛が、死者の身体そのものを持ち上げて支えているとは、常人では考えもつかないだろう。どこまでもウィルを追いつめるつもりらしかった。
 再び死者のマリオネットによる攻撃がウィルを襲った。ウィルはさらに上昇した。死者のマリオネットを操る髪の毛の限界まで上昇しようというつもりらしい。
 だが、カシオスの髪の毛に限界などなかった。それこそ世界の果てまでも伸ばすことが出来るのだ。雲の上まで伸ばすなど稚技にも等しい。
 文字通りの雲の上、そこには幾万もの星が瞬いていた。星空のステージに立つ美麗の吟遊詩人。自らをモデルに一曲作れそうなくらいだ。
 それにやや遅れて、二体の死者のマリオネットも雲の上へ到達した。四肢がバラバラになり、黒こげになったその身体はすでに人間の原形をとどめておらず、人形と呼ぶ方が似つかわしいかも知れない。
 麗しき魔人と二体の人形。
 星空のステージで演じるのは、どうのような舞踊であろうか。
「そろそろ終わりにするぞ」
 ウィルは物言わぬ人形たちに言い放った。すると、今まで何の輝きも示さなかった光の短剣に変化が生じた。それは陽光のきらめきのように強い光を放ち、周囲を輝きに満たしたのだ。
 もし、このときにセルモア上空を眺めていた者がいるとすれば、輝く雲に目を奪われていただろう。
 死者のマリオネットたちはウィルの持つ光の短剣に怖じることなく、果敢に襲いかかった。
 ウィルの右腕が一閃する。
 不意にマリオネットたちは力を失ったようになり、雲の中に倒れた。正確には墜落したのである。
 そのとき、教会の近くにいてマリオネットたちを操っていたカシオスは驚愕していたに違いない。
「何ィ!? オレの髪を見切ったというのか!?」
 カシオスの髪の毛は普通の人間の髪の毛よりも細く、目で見ることは困難だ。ましてや今は夜。さらに一体のマリオネットを操るのに何百本と髪の毛を要しており、それら全てを一瞬にして断ち切ってしまったウィルの技量は、術者であるカシオスを震撼させずにはいられなかった。
 吟遊詩人ウィル、恐るべし。
 すぐにもウィルは駆けつけてくるに違いない。早いことデイビッドを捕らえて、退却する必要があった。
「ソロ!」
 カシオスは隣で苛立ちを懸命にこらえていた弟を呼んだ。ソロは教会に突入したくて、うずうずしていたのである。それを兄に制され、自制心も限界に達していたところだった。
「ソロ、お前の能力でデイビッドを連れ去って来るんだ。いいか、余計なことはするんじゃないぞ。デイビッドも殺すな。連れてくればいいんだ」
「分かったぜ、兄者!」
 凶暴な笑みを浮かべて、ソロはうなずいたが、どこまでカシオスの話をまともに聞いているものか怪しいものだ。だが、今はソロの特殊能力に頼るしかない。
「チック、タック! デイビッドは教会の地下にいるというのは確かなんだな?」
 カシオスは念を押すように、双子のホビットに尋ねた。双子のホビットたちは戦いには参加せず、カシオスの近くでそれを面白そうに眺めていたが、カシオスの問いに揃ってうなずいた。
「確かだよ」
「確かだよ」
「地下にいる」
「地下にいるよ」
「よし! 行け、ソロ!」
 カシオスは弟を送り出した。


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