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アイナが地下室に降りたとき、キャロルは心配げに待っていた。
「神父様は?」
顔は今にも泣き出しそうである。
アイナは安心させるように、キャロルの頭を撫でた。
「大丈夫よ。神父様なら心配はいらないわ。それよりデイビッドは?」
アイナがベッドの方へ行くと、デイビッドはまだ寝ていた。代わりに仔犬が心配そうにアイナの方を見上げている。
「起こそうと思ったんだけどダメ。多分、薬の影響があるんです」
「そう。じゃあ、ここから脱出するのは難しいわね」
こんなときにキーツでもいれば、デイビッドを背負って逃げられるのに、と虫のいい考えをして、慌ててアイナは頭を振った。
(なんで、あんなヤツに頼らなきゃいけないのよ!)
一人でイライラしてくる。そんな場合ではないのだが。
どのみち、外は火の海なのだ。ここで待つしかない。
グラハムの言うとおり、外見はボロい教会だが、地下は頑丈な造りになっているのか、炎が侵入してくる気配はなかった。
念のため、敵が突入してきた場合に備え、アイナはクロスボウの矢の補充をしておくことにした。自分の荷物から、予備の矢を引っぱり出す。
キャロルは落ちつきなく、立ったり座ったりを繰り返し、そわそわと室内を歩き回った。
それからどのくらい経ったか。
妙な音を聞きつけて、アイナは動きを止めた。
(何これ? 天井からじゃなく壁から?)
壁の外は地中のはずである。そんなところから音がするものだろうか。
バリバリバリバリッ!
いきなり壁が割れ、巨大な刃が出現した。アイナは反射的にデイビッドをかばうように動いた。
「デイビッド、捜したぞ!」
壁から現れたのは、異形兄弟の四番目ソロであった。ソロの持つ特殊能力は地中を自在に動き回ること。カシオスはこの能力で、地下に隠れたデイビッドを連れてくるよう命じたのだ。
「キャーッ!」
思わずソロの醜い容姿を直視してしまったキャロルは悲鳴を上げた。しかも、キャロルとアイナの位置はソロを挟んで反対側になっており、分断された恰好だ。
「ん? こいつはうまそうな女がいるじゃねーか」
ソロはアイナの方を見て、舌舐めずりした。好色なこの男にかかっては、どうな女性も肉欲の対象でしかないだろう。
ソロはゆっくりとアイナの方へ近づいた。
「デイビッドを連れていく前に、少し遊んでやろうか?」
アイナはこの男に生理的な嫌悪を感じ、左腕に装着していたクロスボウを向けた。
「近寄らないで! う、撃つわよ!」
「やれるものならばやってみな」
「くっ!」
アイナは至近距離でクロスボウを発射した。避けられる距離ではない。
だが、次の刹那、アイナは我が目を疑った。
ソロは発射と同時に巨大な半月刀の刃を横にすると、それで矢を弾き返したのだ。巨大な半月刀は小男であるソロの身を隠すのに最適だった。
「そんな!」
「観念するんだな、女!」
アイナにソロの魔の手が伸びた。
ドーン!
突如、天井が抜けた。慌てて、ソロが飛び退く。
もうもうたる煙と共に、天井に開けられた大きな穴から飛び降りてきたのはウィルであった。その背にアイナとデイビッドをかばう。
「貴様が噂の魔術師か!?」
初めてソロは威圧感のようなものをウィルから感じ取り、後ずさった。
「魔術師ではない。吟遊詩人だ」
静かに訂正し、ウィルはマントをはねのけた。
ソロは自然に冷や汗が流れるのを止めようがなかった。足も震えてくる。
(このオレが怯えているだと?)
それは認めたくはなかったが、事実だった。
このまま逃げても兄であるカシオスが容赦しないだろう。と、そのとき、視界の隅に怯える少女の姿を捉えた。キャロルだ。
ソロは素早くキャロルの背後に回ると、首に腕を回した。人質だ。
「キャロル!」
アイナは悲痛な声をあげた。構えるクロスボウも狙いが定まらない。撃てばキャロルに当たる可能性があった。
「今日のところはこれで引き上げてやる。近いうちにデイビッドと交換だ」
ソロはそう言い放つと、最初に現れた壁へキャロルと共に消えていった。
すぐにアイナが駆け寄ったが、叩こうと何しようと剥き出しの土の中を追うことは出来なかった。それはウィルも同じで、追跡する方法はない。
デイビッドを守ることは出来たものの、キャロルを連れ去られてしまったアイナは、その場にへたり込んでしまった。