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[第六章/− −4 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第六章 死者のマリオネット(4)


「やる……」
 教会の前で部下たちの奮闘ぶりを眺めながら、カシオスが苦悶の表情を浮かべ、小さく呟いた。教会の中で応戦するアイナに対してのものではない。遠く街外れで戦うウィルに対してのものだ。
 カシオスもこれだけの能力を使うのは初めてだった。
 死者のマリオネット。
 自分の髪の毛を自由自在に伸ばし、相手の首などに巻きつけ、離れた場所にいながらにして相手を殺すカシオスの特殊能力。その髪の毛一本一本は、昆虫の触角のような働きも兼ね備え、近づく敵の察知もできる。
 その能力を応用したのが“死者のマリオネット”だ。死体に髪を絡めさせ、まるでマリオネットのように操る神業。これには壮絶な精神集中が必要だった。ましてや今回は二体の死体を操作しているのだ。手強いウィルの実力を推し量るためとは言え、カシオスの消耗は著しかった。
 カシオスの髪の毛から伝わってくるウィルの強さは、想像を絶していた。普通、魔術師と言えば、戦士のような屈強さはない。だからマリオネットを二体用意し、一方で隙を作り、一方で仕留める作戦を採ったのだ。だが、ウィルは戦士としての技量も、魔術師としての実力も桁外れだった。カシオスが操るマリオネットも不死身だが、ウィルを仕留めるだけの決定打に欠けるのも事実だ。
 まあ、本来の目的はデイビッドの奪還である。無理にウィルと勝負する必要はない。
 ところが、デイビッドをかくまっている教会側の抵抗も大したものだ。この闇夜の中、暗視能力でもあるかのように、山賊団の面々を撃ち抜いてくる。今の時点で一人が死亡、四人が後退を余儀なくされていた。
 もちろん、アイナも必死であった。さすがに敵の数の把握までは出来なかったが、多人数だと言うことは分かる。こちらは一人。幾人か倒したようだが、状況に変化はない。
「何してるんだい! ボロい教会一つ、取り囲んで火矢を放ちゃ、事足りるよ!」
 聞き覚えのある声がした。昼間、酒場の前でいざこざを起こしていたならず者たちの一人だ。確かサリーレという名のハーフ・エルフだったか。となれば、彼らは昼間の報復に出てきたのだろうか。こんな街中で。
 指示が下された一団は、遠巻きに教会の包囲を始めた。これではますます不利になる。
「一体、何事なんだ!?」
 地下からようやくグラハム神父が上がってきた。叩き起こしたときは半ば寝ぼけた状態だったので心配だったのだが、手には明かりとなるランタンと武器のメイス、そして背中には円盾<ラウンド・シールド>を担いでいるところを見ると、どうやらそれなりの準備はしてきたようだ。
「囲まれたみたい」
 アイナは緊張に口が渇くのを覚えながら言った。グラハムも姿勢を低くしてアイナに近づく。
「囲まれたって、何者に?」
「昼間の連中」
「なんで?」
「そんなの知らないわよ! 連中に聞いて!」
「オレはてっきり、あの坊主を取り戻しに来た城の奴らかと思ったぞ」
 そこでアイナは考えを巡らした。
「待って。連中を呼んだのは領主の息子なのよね?」
「なるほど。荒事専用の手駒を欲していたわけか」
「とすると、狙いはやはり……」
 いきなり、外が明るくなった。日の光ではない。炎の明るさだ。見れば、いくつもの火が大きく弧を描いて飛来してくるところだった。どうやら敵は包囲を完成し、火矢を射かけてきたようだ。
 火矢は木造の教会外壁に容易く突き刺さった。矢の中には穴をすり抜けて、アイナたちの近くにまで飛んでくる。それをグラハムが足で消した。
「くそっ! 教会に火をかけるとは、なんて連中だ!」
「このままじゃ、いずれ火に包まれてしまうわ!」
「アンタは地下に入っていろ! 入口を閉めれば、きっと火事はしのげるはずだ!」
「神父様は!?」
「オレの教会を黙って燃やさせるものかよ!」
 そう言うや否や、グラハムは教会の入口から外に出ていた。アイナが止める暇もない。
「神父様!」
 それを見越していたのだろう。近隣の家の屋根に登った一味の姿が見えた。矢で狙い撃ちにするつもりだ。
 アイナは素早くクロスボウを発射した。見事、狙撃者の左肩に突き刺さる。
「オラオラオラオラッ!」
 それに気づいてかどうか、グラハムは雄叫びをあげ、右手にメイスを、左手に円盾<ラウンド・シールド>を構えながら猪突猛進していく。
 できれば援護してやりたいアイナであったが、敵の射撃も苛烈を極めた。大きく開け放たれた教会の扉に向かって、火矢が集中する。アイナは飛び退くようにして避けねばならなかった。
 すでに教会には火の手が回り始めている。このままでは危険だった。
 グラハムの身も心配であったが、下に残してきたデイビッドやキャロルたちを放ってはおけない。アイナはやむを得ず地下に駆け込み、厳重に入口を施錠した。


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