←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→

[第六章/− −6 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第六章 死者のマリオネット(6)


 一方、教会を飛び出して討って出たグラハムは、因縁の相手と戦っていた。山賊団のマインである。
「ただの神父じゃないと思っていたが、こんなに好戦的だとはな!」
 武器である段平を振り下ろしながら、マインは楽しげに唇を歪めた。その攻撃をグラハムは円盾<ラウンド・シールド>で受けきる。衝撃は半端ではないが、グラハムには可能な芸当だった。
「売られたケンカは買えと、神様も言っているぜ!」
 無茶苦茶な言葉を吐きながら、グラハムも反撃する。マインの横っ腹を狙った一撃だ。大きな段平を振り回すマインには、ウィーク・ポイントになりやすい箇所である。
 だが、それはマインも承知しているのだろう。くるりと横に段平を寝かせ、腹部への攻撃を防ぐ。驚くべき反射神経と重い段平を自在に操るパワーだ。大口を叩くだけの技量は持っていた。
「どきな、マイン!」
 マインの後ろから鋭い声がかかった。凶悪なムチを振り回す女ハーフ・エルフ、サリーレの登場である。
 マインの大きな体の背後からサリーレが現れるや、横からによるスイングで繰り出されたムチの攻撃がグラハムを襲った。
「二度とはくわん!」
 グラハムは円盾<ラウンド・シールド>を前面にして、攻撃を防いだ。だが、サリーレの武器であるムチはそこから変則的な動きを示す。盾にぶつかったムチはそのまま巻きつくように、グラハムの身体を傷つけようとする。
「ええい!」
 そこでグラハムは、盾でムチを払うようにした。これによってサリーレのムチは完全に弾かれる恰好になる。サリーレの舌打ちが聞こえた。
「オレだって、武器と盾を持てば、そこそこ相手できるんだぜ!」
 神父のくせに、まるで戦士のごとく眼をぎらつかせながらグラハムは吠え立てた。
 だが、教会は射かけられた火矢によって、盛大に燃えていた。さすがに騒ぎを耳にした街の者たちが起き出してきて、その様に驚きの声や悲鳴を上げている。それがまた街の者たちを起こしていった。
 火事が完全に闇夜の街を照らしていた。
 もうもうと舞い上がる煙の中から、それは現れた。初め、巨大な黒い化鳥に見間違えたのは仕方がないかも知れない。まさしく黒いマントを翼のようにはためかせて登場したのだから。
 街の者たちから、どよめきとも歓声ともつかぬ声があがった。
 魔術師を忌み嫌う彼らにとって、魔法で空を飛ぶ人間を見るのは初めてかも知れなかった。
 それはまさしく、空を飛んで駆けつけたウィルであった。
「もう来たか」
 騒ぎの中心である教会から離れながら、カシオスは苦々しげに呟いた。ウィルの実力は、先程、思い知ったばかりだ。あとはソロがうまくやってくれることを祈るだけである。
 空からの登場という派手な演出に度肝を抜かれたのは、街の人たちばかりではなかった。山賊たちも、この得体の知れぬ吟遊詩人に驚異を抱いていた。誰も火矢で迎撃しようなどと思わない。まるで魅入られたかのように上空を眺めていた。
「お前たち、何を呆けているんだい! 撃ち落としな!」
 そんな中でも仲間に指示を怠らないのがサリーレだ。もちろん、そのハーフ・エルフの隙をグラハムが狙おうとするが、マインによって阻まれる。山賊たちはハッと我に返り、火矢を放ち始めた。
 だが、ウィルの浮遊術<レビテーション>は、風の精霊によって身体を宙に舞いあげる呪文だ。術者の周囲には風のバリアーみたいなものが張り巡らされており、矢はそれに邪魔されて届かない。力を失った矢があちこちに落下し、街の人も山賊も逃げまどう結果になった。
「にーちゃん、火を消してくれ!」
 グラハムのバカでかい声がウィルに届く。ウィルは軽くうなずいた。
 何かを詠唱したと思った次の瞬間、ウィルの手から放水が行われた。見る見るうちに教会の火を消していく。
「やってくれるね、ウィル!」
 サリーレは撤退を決めた。やはり魔術師相手に多勢であっても正攻法はリスクが大きい。仲間に合図を送る。山賊たちは手際よく身を引いた。マインだけを除いて。
「ずらかるよ、マイン!」
 だが、マインはグラハムと力比べをしている最中だった。簡単には剣を引けない。
「コイツだけは……!」
「こっちこそ、逃がすかってんだよ!」
 グラハムも頭に血の気が昇りっぱなしだった。
 サリーレは仕方なく、ムチの一撃を両者に放った。さっと二人が飛び退く。
「何しやがる、サリーレ!」
「撤退だって言ってるんだ! 逃げるよ!」
「クソッ! いつの間にかカシオスの野郎もいやがらねえし! ──次こそ決着をつけるからな!」
「おい! 逃げるのか!」
 グラハムは挑発したが、マインは乗ってこなかった。だからといって、グラハムも追撃するというような愚の骨頂は犯さない。
 ウィルが優雅に舞い降りた。
「また助けられちまったな」
 グラハムがニッと歯を見せる。だが、ウィルは普段通り愛想がない。
「アイナたちは?」
「地下に隠れているはずだ。大丈夫、教会が燃えちまっても、あそこは無事だろうからよ」
 しかし、そのグラハムの考えは甘かった。このとき、アイナたちはピンチに陥っていたのである。


<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→