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[第九章/−1 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第九章 地に潜みしもの(1)


 先程からグラハムの目の前を、アイナが落ちつきなく行ったり来たりしていた。それを見て、グラハムは深いため息をついた。
「ねーちゃん、少しは落ち着いたらどうだい?」
「そうさ、一人で気を揉んでいてもしょうがないぜ」
 グラハムの隣に座っていたキーツもたしなめる。そんなキーツをアイナは思い切り足蹴にした。
「痛て! 何しやがる、いきなり!」
 情けなくも地面に転がされて、キーツは怒鳴った。が、アイナも負けていない。
「こっそり逃げ出しておいて、よく言うわね!」
「別に逃げ出したわけじゃねーよ!」
 キーツは負けずに言い返したが、少しひるんだ様子は否めない。
「今頃ノコノコ帰ってきて!」
 キャロルを連れ去られたアイナたちに、カシオスたちから取り引きを持ちかける手紙が届いたのは昼過ぎである。最初、要求通りに自分が行くと言ってきかなかったアイナであったが、グラハムとウィルの説得により思いとどまった。何より、ウィルが魔法で自分に変身したのを目の当たりにしたときは驚いた。魔術師とは──ウィル自身は吟遊詩人だと否定するだろうが──このような魔法まで使えるのかと改めて思い知らされ、任せておけというウィルの力強い言葉に素直にうなずくしかなくなってしまったのである。
 そのウィルが眠ったままのデイビッドを連れて《魔銀の墓場》へ出掛けた後、半壊した教会で待っていたアイナとグラハムの元に、ひょっこりとキーツが戻ってきたのである。その脳天気そうな顔を見た途端、アイナが腹を立てたのは言うまでもない。
「アンタが姿を眩ませているうちに、私たちがどれだけ大変だったことか!」
 先程、キーツが戻ってきたときも怒りをぶちまけてやったが、まだ収まりがつかないアイナであった。
 もちろん、キーツにだって言い分はある。
「第一、こんなことになっているとは知らなかったんだ! しょうがねーだろ?」
「とか言って、城の連中にここのことを教えたんじゃないでしょうね?」
 そんなアイナの中傷に、さすがのキーツも頭に来た。
「ふざけるな! オレがそんな卑怯な男だと思うのか!?」
「ふん、のぞき魔が偉そうなこと言わないでよね!」
「この女、まだ根に持っていやがったのか!」
「当たり前でしょ!」
「あー、畜生! こんな女だと知っていれば、心配して戻って来るんじゃなかったぜ!」
「そうよ、アンタなんかどこへでも行けば良かったんだわ!」
「ケッ、そうかよ! 暴力女!」
「何ですって!?」
「うるさいぞ、二人とも!」
 二人の口喧嘩に閉口したグラハムが一喝した。その迫力にアイナもキーツも口をつぐむ。
 そんな二人を見て、グラハムは大袈裟とも言えるくらい大きなため息をついた。
「こんな事なら、オレもあのにーちゃんについて行くんだったぜ」
 連れ去られたキャロルを一番心配しているのは、この破天荒な神父なのだと思い出し、アイナは胸を痛めた。きっと今だって、居ても立ってもいられないはずだ。それをじっと我慢して待っている。その目の前でギャーギャーと騒がれては怒鳴りたくなるのも無理はなかった。
「ごめんなさい」
 アイナは謝罪の言葉を口にした。そして、大人しくグラハムの隣に座る。
 辺りはすっかり暗くなっていた。
 教会は昨夜の襲撃で約半分が燃えてしまい、焼け残っている地下室もウィルが天井に穴を開けてしまった。一夜を過ごせないことはないだろうが、また襲われては今度こそひとたまりもなさそうだ。
「どうするよ、これから」
 そんな惨状を眺めてキーツが言う。
「どうするって……とにかくウィルがキャロルを助けてくるのをここで待たなきゃ。デイビッドも連れていったんだし」
「あいつこそ、デイビッドを手土産に敵に寝返ったんじゃねえだろうな」
「自分と一緒にしないでよ」
「しかし、あいつはどういうつもりでオレたちを助けてくれるんだ? 何の得にもなりゃしないのに」
「デイビッドを助けてやりたいと思うだけじゃいけないの?」
「あいつが本当にそんなことを考えていると思うのか?」
「他に何があるのよ?」
「それは……」
 キーツが言い淀んでいると、不意にグラハムが腰を上げた。何かを注視している。アイナとキーツもその方向を見た。
「キャロル!」
 グラハムが駆けだした。
 こちらの方へ歩いてくる人影。それはデイビッドを背負ったウィルと手を引かれたキャロルだった。


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