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セルモアの街を守る城壁では、ノルノイ砦の騎士団たちを迎え撃つため、その準備に兵士たちが奔走していた。火矢の準備はもちろん、前もって集められていた岩を城壁の上まで運び上げ、大釜では煮えたっぎた熱湯が沸かされている。どれも城壁の下へ敵が押し寄せてきたときに備えたものだ。
ゴルバは遠眼鏡で迫り来る騎士団を眺めた。
「確かにこの街に攻め込むにしては人数が少ないようだな」
ゴルバは傍らに控えた弟カシオスに言った。全身に包帯を巻いたカシオスは黙ったまま、全神経を城壁の外へ張り巡らせた髪の毛に集中させている。
「伏兵が潜んでいる可能性はないのだな?」
「それはないでしょう」
くぐもった声でカシオスが否定する。それはカシオスの髪の毛が確認済みであった。
「では、本当にあれだけの人数で、この街に攻めてくると言うのか。まったく勇猛なのか、単に愚かなだけなのか」
ゴルバは鼻を鳴らして笑った。これならば撃退するのは容易いかも知れぬと安堵した。
「ブリトンの騎士団だって?」
そこへ息せき切って駆けつけてきたのはサリーレである。それにやや遅れて、マインもやって来る。そんな二人にカシオスは振り向かなかった。
「わずか五百騎だ。案ずることはない」
代わりにゴルバが答える。手にした悪魔の斧<デビル・アックス>で肩を叩き、余裕の表情だ。
「サリーレ、その首に巻いたスカーフはどうした?」
不意にカシオスに問われ、サリーレの表情が強張った。いつもは露出度の多い真っ赤なレザー・アーマーで胸元が大きく開いているが、今日のサリーレはその首元に黄色いスカーフを巻き、ちょうど胸元を隠すようになっていた。それをカシオスが見咎めたのだ。
「こ、これは……今日は少し肌寒いだろ?」
思わずサリーレは胸元のスカーフに手をやって言い訳をした。視線が泳いでいる。本当は昨晩、マインがつけたキス・マークを隠すためだった。
マインはいざというときのために、剣の柄に手をかけた。もしバレたら、カシオスはどんな反応を示すだろうか。どうでもいいことか、それとも嫉妬に狂い激怒するか。万が一、サリーレと自分に危害を加えるつもりなら、ここでカシオスを斬るつもりだった。
だが、カシオスはそんなことに気づかず──いや、無関心を装っているだけかも知れないが──、ただ小首を傾げた。
「肌寒い? この辺は年中温暖な所だぞ」
実際、風は穏やかで、暖かな日差しが注いでいる。小春日和と言えるだろう。
「じゃあ、アレだよ。きっと風邪さ」
少し喉をいがらせながら、サリーレは誤魔化した。あまりウソを重ねると、余計に怪しまれるのではないかと危惧し、自然に声のトーンも落ちた。
「だったら、無理しないでいいぞ。ここは兄者とオレだけでも片づく」
カシオスはさほど案じてもいないかのように言った。そんな風に言われると、逆に突き放されたような感じがして、サリーレは不安になる。
「いや、そんなに大したことじゃないから」
「ならばいいが」
カシオスはサリーレとの会話を打ち切ると、隣のゴルバに耳打ちした。
「あの騎士団、うまく味方につけてみてはいかがでしょう?」
「何?」
意外な提案にゴルバは驚いた。
一方、これ以上の疑念を持たれずにすんだサリーレとマインは、ホッと胸を撫で下ろした。
「ここでヤツらを葬るのは簡単ですが、後々のことを考えて飼い慣らすのも一興かと」
「ふむ」
いずれはブリトンの王宮騎士団が攻め込んでくるかも知れない。それに対して、ゴルバたちはカシオスの山賊団を戦力に加えても二百名に満たないのでは、いくら堅牢な城壁があろうとも苦戦は明らかだ。ここで五百名もの騎士たちを補充できれば、少しは楽な戦いが出来るだろう。しかし──
「ヤツらを味方に引き込む秘策でもあるのか?」
ゴルバは不審な視線をカシオスに向けた。わずか五百騎でやって来るような好戦的な連中だ。その剣を今さら納めさせることが出来るのか。
「彼らは別に勇猛さを誇って、たった五百騎で攻めてきたのではないでしょう。おそらくはノルノイ砦の連中で、この機に乗じて手柄を立てたいという単純な理由に違いありません。つまり、彼らを突き動かしているのは富と名誉。ならば、こちらの条件次第でいかようにもなるのでは?」
「なるほど。では任せよう」
「了解」
カシオスは再び集中した。