[←前頁] [RED文庫] [「神々の遺産」目次] [新・読書感想文] [次頁→]
セルモアの街の住民たちは息を呑んで、領主の城へと向かう一団を見送っていた。
先頭はゴルバとその兵士たちで、カシオスとマカリスターもそれに加わっていた。次がマカリスターを除いたノルノイ砦の騎士団たち。ただし、未だに馬上のレイフはカシオスの術により拘束されており、一声も発することが出来ないような状態だ。そして殿をサリーレとマインたち山賊団という形成であった。
どうもこの二日ばかり、穏やかだったはずのセルモアがざわついていることに、住民たちは不安を覚えていた。山賊たちが街へやって来たり、教会で騒動が起きたりと、街中での大きなトラブルは久しく無縁だっただけに、動揺を隠せない。領主バルバロッサはどうしてしまったのか。その死をまだ知らされていない人々は、当然の疑問を抱いていた。
「マカリスター卿。いかがですかな、セルモアの街は」
くつわを並べながら、ゴルバは緊張した面もちのマカリスターに街の印象を尋ねた。騎士でありながら、見かけは割と荒くれ者に思えるマカリスターだが、結構、肝は小さいのかも知れないとゴルバは観察していた。
マカリスターは喉が乾いて、言葉をひねり出すのに苦労しながら、
「いや、見事なものです。王都以外の地方都市で、ここまで整備された街は見たことがありません」
と述べた。それは正直なところであったが、マカリスター自身、大して諸国を巡り歩いたこともないので、山賊として各地を転々としていたカシオスにしてみればお笑いぐさである。もっとも兄ゴルバもセルモアの外を知らないことではマカリスターと一緒であったが。
「このセルモアは言うまでもなく、産出されるミスリル銀によってうるおっています。今のブリトン国内で──いや、他国を含めても、ここまで高い生活水準を維持しているところはないでしょう」
「でしょうな。実に素晴らしい」
「しかし、今のミスリル銀鉱山を仕切っているのはドワーフです。ヤツらは父と親しくしておりましたが、今回のことが知れれば、我らの敵になるかも知れません」
周囲の人々の目を気にしながら、ゴルバは言った。まだ街の者たちに父の死を知らせるわけにはいかない。デイビッドを殺すか捕らえるかしてからだ。
「いっそ、我が騎士団で脅しをかけてみますか?」
マカリスターも徐々に緊張がほぐれてきたのだろう、ゴルバとまともに話せるようになっていた。何しろマカリスターが率いる騎士団は五百名。ゴルバはその力を欲したのだ。今まではただ恐怖にすくんでいたが、元々あった野心が沸々と沸き上がってくるのは止められない。
「ドワーフは一級の戦士たちでもあります。戦えば手強い相手になるでしょう。それに何の理由もなく討つのは、街の者たちに不審を抱かせることになります」
ゴルバもマカリスターをうまく乗せられればと考えていた。そのために抱き込んだのだから。
「では、何らかの理由があれば、そのときは……」
「いずれにせよ、我々が鉱山を押さえるのに邪魔な存在であることの変わりはありませんからな」
二人はひそひそと密談しながら笑った。
カシオスはそれを眺めながら、何も言わなかった。
それよりも遥か後方を進むサリーレとマインも密かに会話を交わしていた。
「ずいぶんと大所帯になっちまったな」
マインはカシオスの目が届かないことをいいことに、サリーレに近づいていた。
だが、サリーレは一度、マインに肉体を許したと言っても、カシオスを裏切りきれるものではなかった。何より彼の恐ろしさを一番知っている。先程もいつカシオスの髪の毛が首を絞めてくるかと気が気ではなかった。マインにはまだその辺が分かっていない。
「王国を乗っ取っちまおうってんだ。戦力の補強は不可欠だよ。それにまだまだこんなもんじゃ足りないくらいだろ」
サリーレは他の仲間の手前、これまで通りを装った。今まで相手にもしなかったマインと親しげにしていては、いつ仲間からカシオスに告げ口されないとも限らない。仲間内でも、サリーレの首元に巻いたスカーフを怪しんでいる者がいる。
だが、マインはそれを気にした風もなかった。
「しかし、あまり競争相手が増えるのも考え物だぜ。この辺で手柄を立てとかないとよ」
「傭兵上がりが考えそうな事ね」
「当たり前だ。傭兵は稼いでなんぼだからな」
この山賊団に加わる前、マインは傭兵をやっていたと聞く。見かけ通り、腕っ節だけならば山賊団の誰も敵わないだろう。
そこへ駆け寄ってくる小さな影が二つあった。双子のホビット、チックとタックである。