[←前頁] [RED文庫] [「神々の遺産」目次] [新・読書感想文] [次頁→]
広い空間を闇が支配していた。
何者が何の目的で造ったのか、その部屋は天井と奥行きが広く、左右には巨大な柱が何本も立てられていた。それも様々な紋様が見事に彫り込まれている。しかし、造られてから相当長い年月が経ったのだろう。所々、朽ちている部分も多く見受けられた。
その巨大な空間の闇をわずかに照らしているものは、魔法で生み出された光であった。そこに一人の人物が浮かび上がっている。
シュナイト。
バルバロッサの第二子で、地下室の住人だった男だ。
シュナイトの前にはこれまた巨大な紋様が描かれていた。直径が人間一人の背よりやや高いくらいの円だ。そこにビッシリと文字が彫り込まれている。古代ルーン文字。かつて地上を支配していた天空人が用いていたもので、その文字自体に魔力が宿っているとされ、今なお魔術師の間で研究が続けられている。その中央に半球状の突起があり、そこだけはつるんとしていたが、その代わりに今は汚れのようなものがつけられていた。それはよく見ると人の手形であり、汚れではなく血の痕だ。
「なぜだ……?」
シュナイトは訝しげに呟いた。そして、目の前の紋様に手を触れる。しかし、その手は血に汚れていなかった。
「やつらの一族が守護者ではなかったのか……。クソッ!」
シュナイトは苛立ちを押さえられないかのように呟き、蹴飛ばす仕草を見せた。その脚が壁ではなく別のものに当たる。
それは倒れている弟ソロであった。ソロは兄に蹴飛ばされても身動き一つしなかった。どうやら気絶しているらしい。その右手が血に濡れていた。
もし、ソロの右手と紋様の中央に残された手形を重ねたら、それが同じ大きさだと証明できただろう。しかし、なぜ。
昨夜、兄ゴルバに命じられてシュナイトを呼びに行ったソロ。その地下室から秘密の抜け穴を通って、二人はどこへ向かったのか。そしてここはどこなのか。
シュナイトは苛立ちを沈めると、その場で考え込み始めた。
「領主の一族が遺産の守護者だと思ったのだが……。もう一度、この地方の血脈を洗い直さないといけないようだな。しかし、あと一歩というところで……」
シュナイトは目の前の紋様を睨むようにして唸った。そして、足下で倒れているソロを見下ろす。
「こいつにはもう少し役に立ってもらおう」
シュナイトはローブの袖に手を突っ込むと、親指の先くらいはある小さな球を取り出した。その球は赤く明滅しており、まるで生きているかのようだ。ゴルバが見れば、それが悪魔の斧<デビル・アックス>の刃に付いている赤い宝石に酷似していると気づいただろう。
シュナイトは身を屈めると、その球をソロの額に押し当てた。すると不思議にも赤い球がソロの額にめり込んでいく。特別、シュナイトが力を入れているとも見えない。第一、人間の力でそんな芸当が出来るわけがなかった。
赤い球はするりとソロの額に埋没してしまった。痕跡も残らない。数度、ソロの額が赤く明滅したが、やがてそれも消えた。
それを見てシュナイトは満足そうな微笑を浮かべた。それは闇よりも濃い邪悪さを秘めて。