←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→

[第十三章/−1 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十三章 再会は憎しみに燃えて(1)


 ウィルの活躍によって仕留められた大ムカデの死骸は、今、多くのドワーフたちの手によって坑道から片づけられていた。何よりこのまま放置しておけば邪魔にしかならない。真っ二つにされた大ムカデの死骸を解体して運び出すドワーフたちの手並みは鮮やかだった。
「こんな怪物がこの坑道ではゴロゴロしているのか?」
 ドワーフたちの作業の妨げにならぬよう、坑道の端に寄りながら、ウィルはストーンフッドに尋ねた。
「こんな大物はワシも初めて見るがな。どうも意図的に潜ませてあるらしい」
「意図的? そりゃ、どういうこったい?」
 二人の隣で聞き咎めたキーツが問い返す。
 ストーンフッドはウィルとキーツの顔を交互に見やって、
「お前さんらも、この街に伝わる伝説を知っておるじゃろ?」
 と確認した。
「伝説?」
 分からない顔をするのはキーツ。
「かつてここに魔法都市が存在したという伝説だな?」
 キーツの代わりにウィルが答える。それにキーツも、そう言えば、と首肯した。
「ああ、それならオレも聞いたことあるぜ」
「その頃もミスリル銀を発掘していたらしくてな、どうやらこれらの化け物は天空人とやらの置き土産らしい」
「つまり、ミスリル銀をなかなか発掘できないようにあのような怪物に守らせていると言うことか」
「そうだ」
「えげつないことをしやがるな!」
「彼らがいつか地上に戻ったときに使うためだろう」
「いつか地上に戻ったときって、それは伝説の話だろ? 街ごと空へ飛んでったって。オレは信じねえぞ。確かに昔、魔法で繁栄した都市があったのかも知れねえけど、全部、滅んじまったんじゃねえか?」
「いや、彼らは“大変動”を逃れるために天空へと逃れた。そして、いつか地上に帰還するつもりだ」
「何でそんなこと断言できるんだよ? 見てきたのか?」
「………」
 ウィルはそれ以上、答えなかった。キーツには信じがたい話だ。
「あのぉ……」
 そんな三人の所へ、複数のドワーフたちがやって来た。キーツにはドワーフの顔など、皆、同じようにしか見えないので、せいぜいストーンフッドを見分けるのが精一杯だったが、彼らは坑道の奥で大ムカデに襲われた鉱山夫たちであった。
「おお、お前たち、無事で良かったな! 大変だったろう。こちらの作業はいいから休んでくれ」
 ストーンフッドは鉱山夫たちの肩を叩きながら、そう声をかけた。
「いや、ちょっとお話ししておきたいことがあるんです」
「話? 何だ?」
 鉱山夫たちは一度、互いの顔を見合わせてから話し始めた。
「実は我々が掘り進んでいると、変な空間に出たんです」
「変な空間?」
「ええ。そこは明らかに誰かが造ったもので、まるで回廊の途中のようでした」
「それは確かに回廊だったのか?」
 唐突にウィルが口を挟んだ。この男が積極的に会話へ加わることなど珍しい。
「ええ、多分。いや、私たちも見たのはほんの少しでして、調べようとしたらあの大ムカデが頭上から現れたので……」
「まさかな、本当に存在しようとは……」
 ストーンフッドも考え込むように呟いた。キーツ一人が分からないといった表情だ。
「どういうことだよ?」
 キーツは尋ねた。
「さっきも話しておったじゃろ。天空人の遺跡じゃ」
 これまで数々の伝説は残っていたものの、ここセルモアでは遺跡の入口はまったく発見されていなかった。それは二十年前にどこからともなく現れた魔導士が探し求めていたものであり、鉱山夫たちの話の空間が本物であれば、考古学上、重大な発見だと言えた。
「ひょっとして、そこにお宝が眠ってるのか?」
 キーツは目を爛々と輝かせて言った。ストーンフッドはそれを見て、嘆息しながらも、
「まあ、あるじゃろうな。何しろ、まだ手つかずの遺跡じゃ。どんな貴重な魔法の品が眠っているか計り知れん」
 それを聞いて、キーツは益々、有頂天になった。
「こいつはツイてるぜ! これで一躍、億万長者だ!」
 勝手に騒いでいるキーツを横目に、ウィルは坑道の奥へと歩き始めた。
「オレが見てくる。それまでは来るな」
 口調は静かだが、有無を言わせぬ迫力が込められていた。その言葉にキーツがムッとしないわけがない。
「あーっ! お前、一人でお宝を探してくるつもりだな!」
「吟遊詩人としての興味だ。歌の題材になるものがあるかも知れない」
「そんなこと言って、独り占めにするつもりだろ?」
「……お前さんじゃあるまいし」
 ストーンフッドがボソッと呟く。悪口は意外と人の耳に届くものだ。
「爺さん、なんか言ったか?」
「いや、別に」
「天空人の遺跡ならば、先程のような怪物を守護者に使っているだろう。それでもついて来るつもりか?」
 ウィルの脅しに屈するのはシャクなキーツだったが、確かにあの大ムカデ相手に歯が立たなかった。せめて今、修復中の剣があれば……。
「チッ! 分かったよ! その代わり、抜け駆けはなしだぞ! 何かお宝を見つけたら山分けだからな!」
「いいだろう」
 ウィルは同意すると、マントを翻して坑道の奥の闇へと消えていった。それを見届けて、キーツが肩をすくめる。
「あーあ、どこまでもカッコつけるヤツだぜ。こっちは外で顔でも洗って、待たせてもらおうかね」
 キーツはぼやきながら、さっさと坑道の出口へと歩き始めた。
 ただ一人、ストーンフッドだけが胸騒ぎを覚え、ウィルが向かった坑道の奥を見つめた。


<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→