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先行する二つの影と追尾する一つの影。
二つの影の正体は教会へやって来た謎の襲撃者。
一つの影の正体は美しき吟遊詩人ウィル。
どちらも尋常ならざるスピードでの疾走だった。それでいて、速度が緩む気配はない。
先程、ウィルは謎の襲撃者二人に対して、マジック・ミサイルを放った。にも関わらず、敵は不死身。魔法は確かに発動し、直撃もしたはずだ。それなのに倒れぬとは。
だが、ウィルはその理由をすでに分かっているようだった。
二人の襲撃者の役目は、教会からウィルを少しでも引き離すことだというのも分かっている。それに乗って見せたのは、敵の正体を突き止めるためだった。
襲撃者は街の外れまで逃げ続けた。この先は道もない険しい岩山になっている。それすらも襲撃者は登ろうとしているかのようだった。
「ヴィド・ブライム!」
そうはさせじと、ウィルは素早く呪文を唱え、大きな火球を岩山に投げつけた。ファイヤー・ボールの呪文だ。それも火球の大きさから、普通の魔導師が作り出すものの約三倍はある。威力もそれに準じた。
轟音と共に爆発が起こり、岩山は大きな破片をまき散らしながら砕けた。その爆発に二人の襲撃者も巻き込まれる。今まさに岩山へ登ろうとしていたところだったので、頭から地面に激突した。
それは街で安らかな寝息を立てている者全てを起こしかねないくらいの破壊力であった。
地面に倒れ、さらには大きな岩の下敷きになって動かなくなった襲撃者二人に、ウィルは悠然と歩み寄った。そして、そっと光の精霊ウィル・オー・ウィスプを召還する。明かりの代わりだ。周囲がほのかな光に照らされた。
襲撃者は人間だった。若い男と荒くれ者といった感じだ。奇妙なのは、両者共、首に何か細い糸のようなもので絞められた痕がクッキリと残っており、荒くれ者の方は、左腕を肘の辺りで縫い合わせているのが見て取れた。バルバロッサの城に居合わせた者なら、彼らの正体を知っていただろう。そして、震撼したはずだ。彼らはゴルバたちの目の前でいざこざを起こし、カシオスに粛正された城の兵士と山賊の一人であると。
どちらもカシオスによって殺されたはずだ。なのに──
おもむろに、下敷きになった襲撃者たちの指が動き始めた。死んでいなかったか。いや、すでに死んでいる者に死など無意味なのかも知れない。
ウィルは少し下がって、様子を窺った。
死者たちのパワー、恐るべし。自らの身体の上に覆い被さった岩に手をかけると、ジリジリとした動きであったが、確実に力で押し返していた。その下から死者たちが甦る。その身体には無数の傷を作っており、肉がこそげ、ドロリとした粘液状の血がしたたっていた。
ウィルはそれらをたじろぎもせずに見つめていた。
甦った死者たちは、今度は逃げもせず、ウィルと対峙した。武器を手に構える。
対するウィルは──
「ブライル!」
ウィルの指先より、炎がほとばしった。火炎魔法の中でも初歩的な呪文ファイヤー・ボルトである。火線は一直線に飛び、山賊の死体を炎に包む。
その間に、若い兵士の死体がウィルに斬りかかってきた。呪文を唱えるわずかな隙を突いてきた恰好だ。だが、ウィルは魔法だけを武器にする魔術師と違い、接近戦も得意とする。冷静に相手の動きを読み、マントで弾くようにしてかわした。
だが、相手は死体だ。ひるむようなことはない。続けざまに攻撃を仕掛けてきた。それをウィルは下がって避けつつ、呪文の詠唱に入った。
「グレイル!」
ウィルの唱えた魔法は、冷却呪文。絶対零度の冷気が死者の足下を襲う。
一瞬にして地面に大きな霜柱が盛り上がるほどの瞬間冷却だった。そのまま足をも凍りつかせ、死体の動きが止まる。もがいても足を抜くことは出来なかった。
そこへ今度は、炎に包まれた山賊の死体がウィルに襲いかかった。身体からブスブスと肉の焦げる音と匂いがするが、すでに死体と化しているため、ダメージを感じないようだ。ほとんど着ていた衣服は燃え尽き、皮膚も炭化しており、見るも無惨な姿だった。
ウィルはそんな死者に慈悲も容赦もなく、蹴りを放った。火の粉が飛ぶ。山賊の死体は後ろによろめきつつ、動きを封じられた若い兵士の死体にぶつかった。
すぐさま、ウィルは魔法を唱えた。
「ヴィド・ブライム!」
再び巨大な火球が放たれた。今度は動く死体たちに直撃だ。
ドーン!
爆発と高熱の余波に、夜気が震えた。割と至近距離にいたウィルも、さすがにマントで身を覆う。
この直撃を受けては、さしもの動く死体たちも無事では済まなかった。四肢がちぎれ飛び、バラバラになる。